お知らせ

No.22マイプロ部への参加し新しくできた繋がりが背中を押したUターン

 今回の移住者インタビューは2016年3月に東京都からUターンされた草島侑子さんにお話しを伺いました。草島さんは、鶴岡市のご出身。高校卒業後に音響の専門学校へ進学するために上京しました。

草島さん:実はやりたいものも特別になく、東京も怖いから行きたいとは思っていませんでした。なんとなくラジオが好きだったので、仙台辺りで音響関係の専門学校へ行こうと考えていました。でも先生に「音響なら東京へ」とすすめられ、それで東京に行くことにしたんです。生活もいきなり一人暮らしではなく、学校に通いながら新聞配達をする制度があったので、その寮で暮らしました。その後、ブライダルの音響やマネジメント等の仕事をしたのですが、土日がメインのお仕事なので、平日は飲食店との掛け持ちをして働きました。20歳過ぎくらいの時には、自然食品の化粧品部門で販売の仕事をしたり、この11年間いろいろな仕事をしてきました。

(写真提供 草島さん 東京の仲間と)

地元に帰ろうと思ったことはありませんでしたか?

草島さん:まったくありませんでした(笑)。28歳になるまで、お盆とお正月くらししか帰ってきませんでした。帰省したときには決まった友達としか会いませんでしたね。期間も3日間くらいで、羽黒山に行きお参りして帰るみたいな感じでした。

30歳を目前にしたときに、このままずっとフリーターでいいのかなと漠然と思うようになりました。東京にいてもずっと地元のことは気になっていて、テレビで山形県が取り上げられたら嬉しくて、Facebook等で地元の情報を見ていましたね。たまたま「山形」でインターネット検索をしたら、ヤマガタ未来ラボさんのHPにたどり着き、そこで告知していたイベントに参加してみたんです。それは、鶴岡にIターンして暮らしている人と話すという軽いノリの会でした。江戸川区にある鶴岡市の東京事務所にも行きました。その時、募集していた山形の郷土料理教室にも参加しました。

(写真提供 草島さん 東京にて仲間と)

草島さん:ちょうどそんな時期にヤマガタ未来ラボの田中さんにマイプロ部(※)のことを聞き、それに参加してみようと思ったんです。 マイプロ部に参加する前に、1日農業体験みたいなイベントもあり、それにも参加しました。そこで小野寺紀允さん(★)といろいろ話をしました。「考えているうちじゃダメだよ。とりあえず来てみたらいい。迷っていたら自分から動かなきゃだめだよ」と言われ、それもきっかけとなりました。鶴岡に帰ってきた時点で仕事が全く決まっていなかったのですが、小野寺さんのところで働かせていただき大変ありがたかったです。

(※)マイプロ部とは、「いまは都会に住んでいるけど、なんだか鶴岡が気になる。」そんな想いを持つ仲間たちと一緒に、自分と鶴岡との関係性を深めていくプログラム。鶴岡市をフィールドに現地でプロジェクトを実行している人を手伝うなど、2014年から毎年開催されている。詳しくはこちら

(★)小野寺紀允さんのインタビューはこちらから

(平成28年度のマイプロ部の様子)

実際にマイプロ部に参加してどうでしたか?

草島さん:はじめは「30歳になってから帰ろう」と漠然としか思っていませんでしたが、マイプロ部に参加して、すごく楽しかったし新しい繋がりもできて鶴岡のイメージが変わりました。マイプロ部に参加した年に丁度、家賃の更新もあったので、たまたまいろいろな条件が重なって鶴岡に帰ろうということになりました。

マイプロ部でお会いしたときは、帰ってきたら食と関わりたいと言ってましたね。

草島さん:そうですね。漠然とそう思っていました。食文化女性リポーターとかも楽しそうだし食文化を知るのは面白そうだなあと思ってました。帰省して2週間後くらいに、鶴岡ナリワイプロジェクトの繋がりで、羽黒で石鹸ワークショップに参加したところ、そこに今勤めているレストランのオーナーの山澤清さんがいらっしゃったんです。そのときは全然話せなくて、でも帰ろうとしたときに「何やってんなだ?」って声をかけていただき、「何もしてません、無職です」って言ったら、「何もしてないんだったら毎日ここに来なさい」って言っていただき、図々しく毎日通い、話を聞いたり、本を読んでたりしているうちに今に至っています。結果、食と関わった仕事をさせて頂いているのが不思議です。山澤さんはオーガニック化粧品を手掛けてきた方で、ちょうどこの頃、自分のハウスで栽培した在来野菜を使ったレストランの準備を始めていました。

実はご縁があった山澤さんとの出会い 

 草島さん:実は、帰ってくる前に、職を決めないといけないなと思っていた時期もあり、求人案内を見ていたら、今勤めている会社の求人が出てたんですよ。でも経理で募集していたので、私のやりたいこととはちょっと違うなと思い、対象外にしていたのですが、結局そこに入っちゃったみたいな(笑) 。でも本当はもっと以前に、先ほどお話しした自然食品店で働いていたときに、山澤さんのハーブ研究所の石鹸が置いてあったんです。裏を見て、庄内にこんな方がいるんだと思ったのを覚えています。

草島さん:山澤さんって、「何やりたいの?」って聞きだしてくれるんです。自分がそこまで思ってなくても、その場所を提供してくださるので、やらざるを得ないというか(笑)。この店をオープンするにあたり、音響のこともやらせていただいたんです。音響の操作はしたことがあったけど、機材の取り付けなんてやったことがなかったから、最初はプレッシャーでした。電気工事みたいなこと、素人にはできないよって周りからも言われてたんですが、それを山澤さんは私に「やりなさい」ってやらせてくれたんです。それが自信につながる。私だけではなく、皆さんにそういう場を提供してくださるんです。可能性を広げてくれる方だと思います。

(在来野菜のリスト)

見てきたこれから先の仕事のビジョン

草島さん:実際にはすぐに仕事が見えてきたわけでなかったので、知り合いを当たりアルバイトしたり、失業保険をもらいながらパソコンの勉強をしていました。それが、後々活きてきています。お店の中にある在来野菜のリスト、私が作ったんです。全くパソコンができなかったけど、ちゃんと活かされてるんですよね。

今の仕事がフル稼働し始めたのはいつ頃ですか?

草島さん:今年の3月です。3月からが正式雇用だったので。鶴岡に戻ってきてちょうど1年ですね。今までは、仕事とプライベートとはしっかり分けていたんですが、今のところはどっぷり仕事に浸っています。単純に面白いから苦じゃないというか、拘束されてる感覚がないですね。今後どうなるかわかんないですけどね(笑)。やはり、マイプロ部への参加が大きかったです。そこで、人と繋がっていなかったら、鶴岡にUターンしてどうやって人と関わっていったらいいかわからなかったと思います。

 

根底にあるものはつながっています

草島さん:東京にいた時も映画「よみがえりのレシピ」を観に行き、種をつないでいく”想い”にとても感動しました。この映画の影響も大きかったです。奥田さんの「庄内パラディーゾ」も読んで感動していました。もともとそういうのが根底にあって、全て繋がっている気がします。自分がもし飲食店で働くとしたら、近くに無農薬の畑があって、そこから野菜を採って提供できたら理想だなと思っていました。今は理想を超えるものがここにあってありがたい環境にいるなぁと思っています。

Uターンする人にこれだけはやっておいた方がいいことは?

草島さん:帰れるときに帰ってきて、気になるイベントがあったら参加したらいいと思います。帰省したときいつも会う友達と会っていても何も変わらない。いつもと同じ行動をしていても何も変わらないと思います。昨年末に開催された帰省者向けの忘年会イベントでは、その時は盛り上がったのですが、そのあとの飲み会等を設定しておけばもっと盛り上がったんじゃないかなって思います。イベントとリンクしたゆるい交流の場があるといいなと思います。

鶴岡を出た自分と今の帰ってきた自分の違いは?

 草島さん:若いときは外に刺激を求めていました。年を重ねるにつれて変わってきました。東京での10年間で自分のやりたいことをある意味で思いっきりやったのかもしれません。

草島さん:東京から鶴岡を見ている時は距離感が遠く感じていましたが、鶴岡に来てからは、東京が近いと感じます。自分の感覚の持ちようですけどね。地元のことを知らなかったから遠く感じたのかな。以前より直感を大事にして動くようにしています。今も東京が好きなので定期的に足を運んでいます。東京で出逢った人達が鶴岡に来てくれた時は本当に嬉しいですね。

これから先はどうしていきたいですか?

草島さん:今の段階では、「農家さんに伝承野菜を作ってもらいレストランで買い取る。そうすることで農家さんの安定した収入に繋がる。」というここのシステムを少しずつでも広めていきたいです。それが日本の農業の未来につながるんじゃないかなって思います。ここに沢山のお客さんを呼べるようにしたいと思っています。今年も鶴岡ナリワイプロジェクトのお仕事をさせて頂いているのですが、そういうのも組み合わせながら、1つの仕事だけじゃなくていろいろな仕事をやっていければなと思っています。今の職場では、そういうワークスタイルでいいと山澤さんが言って下さっているので、いい環境で働いています。

(平成29年5月11日 インタビュー)

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平成29年10月21日(土曜日)に開催される「つるおか大産業まつり」(※)の会場にて、地元企業の「ものづくりエリア見学」や気になる地元企業との相談会に参加できます。


出展企業一覧はこちらからご覧ください。⇒ こちら

(※)「つるおか大産業まつり」は、食と緑と技の祭典で、新鮮な農林水産物や加工品、姉妹都市北海道木古内町の特産品の販売ブースが並ぶほか、鶴岡の匠の技が生んだ工業製品の展示、県内の花き品評会も開催されます。ほかにも、木工クラフトやそば打ち体験、地元の子どもたちや高校生によるステージなど、さまざまな催しや振る舞いが目白押しの祭典です。

当日は、さまざまなお店の中からお気に入りをみつけて、昼食をいただきます。

大産業まつりに参加した後は、櫛引温泉「ゆ〜Town」にて月山を望みながらゆっくり温泉で疲れを癒していただきます。

 

伝承500年、能の古来の姿をそのままに伝える国指定・重要無形民俗文化財 黒川能の里 王祇会館にて、簡単に黒川能の歴史に触れていただき、黒川地区の農家民宿の女将さんたちが作る地元の料理をいただきながら、先輩移住者との交流会を開催します。

 

宿泊は、普段味わうことのできない農家民宿で温かいおもてなし。

 

翌日は、空き家をリノベーションして自分たちの理想の暮らしを楽しんでいる先輩移住者のお宅を拝見します。
空き家選びのコツやリノベーションについていろいろなヒントを伺います。

鶴岡市のお試し住宅にお住まいの先輩移住者の暮らしぶりもちょっと覗いてみます。

昼食には、くだものの里、櫛引地域のぶどう園のぶどう棚の下にて新米のおにぎりと芋煮をいただきます。

鶴岡食文化市場、駅前にあるFOODVERの見学し、鶴岡にいながら世界へむけて起業した先輩移住者の事務所を拝見します。

庄内物産館でゆっくりお買い物をしてから庄内空港へ。

印刷用PDFはこちらから・・

お申し込みはこちらから・・

第1回東北U-Iターン大相談会に出展します!

東北で見つける!新しい生き方・働き方

第1回 東北U-Iターン大相談会が開催されます。

鶴岡市も出展いたします。

会場では、移住コーディネーターが、お仕事だけではなく

住まいや子育て等、移住に関わる様々なご相談を

お受けいたします。

入場無料、予約不要ですのでお気軽にお越しください。

日 時 : 2017年7月23日(日曜日)

     11:00 〜 17:00(最終入場16:30)

日 時 : 東京交通会館 12階 ダイヤモンドホール

入場無料!! 予約不要です!!

 

 

 

詳しくはこちらから・・・

No.21 子育てには最高の環境の鶴岡で、笑顔の花を咲かせたい。

今回の移住者インタビューは2011年に東京都板橋区から移住された佐藤健志さん、陽子さんにお話しを伺いました。

健志さんは川崎市出身。祖父母が鶴岡に住んでいたことから、子供の頃は、お盆やお正月の休みの度に鶴岡の祖父母宅を訪れ、夏は畑のトマトをもいで食べたり、海へ行ったり、冬は雪遊びをして楽しんでいました。

22歳の頃、楽曲制作やDJをしていた健志さんは、何度か渡米をするうちに世界各地をバックパック一つで回るようになりました。26歳のときアジア放浪中にインドを訪れ、マザーテレサの施設でボランティアをしていた陽子さんと滞在先の宿で出会います。健志さんは、この「マザーテレサの施設」でのボランティアを勧められ、それに参加した後、陽子さんと一緒に3か月かけてインド国内を旅しました。

(写真提供:佐藤健志さん)

一方陽子さんは、東京都板橋区で生まれ、ご両親に小さい頃から自然と親しみながら育てられました。そんな陽子さんは、大学生のときに世界一周をしようと思い、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシア、インド、ネパールとアジアを回り、その中でもインドに魅せられ、何度かインドを訪れるようになり、そこでヨガも始めました。

(写真提供:佐藤健志さん)

インドで出会ったお二人ですが、健志さんがインドから帰国した半年後に陽子さんも帰国し、お二人は2006年に結婚、その後は東京で暮らしていました。

(写真提供:佐藤陽子さん インドにいた頃の陽子さん)

鶴岡へ移住されたきっかけは何ですか?

健志さん:鶴岡に暮らしている祖父母が高齢となり、川崎に住む両親が跡を継ぐため鶴岡に住むという話になりました。ところが父が急に他界し、自分に跡取りの声がかかり祖父母の養子になり鶴岡へ移住することになったわけです。

移住されるという話を聞いてどう思いましたか?

 陽子さん:いつかは鶴岡に帰るとずっと言っていたので、全然びっくりしませんでした。

健志さん:自分でそんな気がしていました。自然が好きでゆくゆくは都会より自然が豊かなところで暮らしたいと思っていて、他の地域は全く考えていませんでした。

こちらへ移住する際に、知人が全くいないことは気にはならなかったですか?

健志さん:もともとバックパッカーで海外を歩いていたので、気になりませんでした。旅の延長みたいな感じでした。

陽子さん:都会より田舎にいた方がよいと思っていたので、気になりませんでした。また、仕事についてもなるようになると思っていました。
健志さんは、鶴岡へ来たばかりのときは、お祖父さんの畑仕事を手伝っていました。陽子さんは、移住したのをきっかけにヨガ教室を始めました。

(写真提供:佐藤陽子さん ヨガ教室の写真)

地域とのお付き合いはどうですか?抵抗はありませんでしたか?

健志さん:祖父が地域活動していましたが、90歳を過ぎたので僕がそれを引き継ぎ、神社講や長老会のような地域の集まりにまめに顔を出しています。そこには自分の父親よりちょっと上の世代の人が沢山います。また消防団やお祭りなど地域の行事にも参加しています。今住んでいる地域には、昔からの古い農家が多くお互いを屋号で呼んでおり、地域の行事が活発な所です。来たときは屋号がまずわかりませんでした。また、NPO法人ぼらんたすのメンバーとして地域自殺対策事業の「山形県庄内発!こころを元気にするプロジェクト」に実行委員で参加しています。

(写真提供:佐藤健志さん こころを元気にするプロジェクトの会議)

一方、陽子さんも地蔵講という若妻会があり参加しています。代々子供を守るためのお地蔵さんがいて、かつては順番にそのお地蔵さんを自宅で預かっていましたが、今は公民館の和室の押し入れにいるそうです。年に数回、このお地蔵様用にご馳走を持って公民館に集まるのがこの会です。

陽子さん:私は地域のことを全然わかっていなかったので、仲間にいれてもらえて嬉しかったです。

移住を考えている人へアドバイスがあれば教えてください。

陽子さん:子供が大きくなる前に移住するのがいいと思います。環境が変わるのは小さいうちの方がいいと思い、2番目の子が2歳のときに引っ越ししました。実際、子供はすぐに幼稚園に馴染むことができました。転勤族の方も多く、いろいろな地域の方が多かったので疎外感も感じませんでした。幼稚園のママ友達とランチ会があったり、ヨガに興味がある人が教室にきてくれるので生徒さんやお友達もできるし、地元のお母さんたちとも繋がりができました。

健志さん:鶴岡は子育てには最高の環境だと感じています。海も山も近く、こんなに間近に自然を楽しめるところはありません。週末のたびに自然の中で沢山遊ぶことがでるので、子供が小さいときには特にいいと思います。子供が大きくなると買い物に行きたがるようになりますから(笑)。

(写真提供:佐藤陽子さん 子供たちとの自然の中のヨガ)

陽子さん:食べ物も四季折々の美味しいものを食べられます。また山へよく清水を汲みに行きます。鶴岡だけではなく庄内一円楽しめる場所へでかけます。

困ったことはありましたか?

 陽子さん:ないですね~。庄内弁のヒアリングはできるようになりましたが、話せないので、話せたらいいなと思います。

鶴岡に暮らしてみて一番良かったことは何ですか?

 陽子さん:ありすぎて困ります。海も山も近いところです。自然を感じられる、四季もはっきりしていて、冬の厳しさもあるけど春の喜びを感じられるんですよね。食べ物も四季折々の美味しいものを食べられます。美味しい水を汲みに行くんです。水に困らないのがいいですね。

健志さん:鶴岡へ来る前は、実は体調が悪くよく寝込んでいました。こちらで暮らすようになり、朝は早起きして畑へ行き、夜も9時過ぎには子供と一緒に寝るようになりました。以前は今とは真逆な生活スタイルですごく元気になりました(笑)。

(3人目のお子さんが誕生したばかり)

これからどうしていきたいか、教えてくさい。

 陽子さん:どうしようというより、なるようになるとしか考えてないですね。ヨガの仕事は安定走行。ヨガは身体とココロにいいですからね。生徒さんは転勤族と地元の人と半々くらいです。ヨガの先生同士が繋がって、鶴岡でヨガをする人が増えたらいいなと思っています。

健志さん:今まで、たんぽぽの種が風に乗って移動するように流れに委ねて生きてきました。たどり着いた鶴岡で地域から色々な栄養をもらい成長し、笑顔の花をたくさん咲かせて、その笑顔の種がヨガを通して多くの人々に届いて、心身ともに健やかになっていただけたらいいなぁと思っています。

(平成29年3月8日インタビュー)

 

平成29年度『お試し住宅』の物件を追加しました。

鶴岡市では、民間賃貸住宅を活用した、県外からの移住者向けの『お試し住宅』入居者を募集しております。

 

山形県外から鶴岡市へUIターンを希望する移住者向けの住宅支援制度です。山形県宅地建物取引業協会鶴岡が取り扱う「お試し住宅(一戸建)」の中から、希望する物件を選んでいただき、最長で6箇月間の「定期借家契約」できる住宅となります。契約期間中に自己負担した家賃、契約時の仲介手数料、家賃保証保険料の一部を契約期間終了後に鶴岡市が補助します。


制度の詳細については、鶴岡市のホームページをご覧ください。 ⇒こちら

   お試し住宅物件 No.1

NO.1                                      お試し住宅物件No.1  印刷用(PDF)

   お試し住宅物件 No.2

       成約済みとなりました。

   お試し住宅物件 No.3

  成約済みとなりました。

   お試し住宅物件 No.4

NO.4                                     お試し住宅物件No.4 印刷用(PDF)

   お試し住宅物件 No.5

  成約済みとなりました。

   お試し住宅物件 No.6

  成約済みとなりました。
                                

   お試し住宅物件 No.7

       お試し住宅としてではなく、売り物件となりました。

           

 お試し住宅物件 No.8

 成約済みとなりました。

 お試し住宅物件No.9    

  成約済みとなりました。

                                    

鶴岡市「福栄地域おこし協力隊」の隊員募集のお知らせ

アナタの熱意と行動力を地域は求めていますす!! 鶴岡市「福栄地域おこし協力隊」情報発信担当募集!!

福栄地区の人的・物的地域資源を有効に活用した地域の活性化及び産業の振興を図るため、地域住民とともに地域づくり活動に取り組むパートナーとして、「地域おこし協力隊」を募集します。

活動地域である福栄地区は、本市の南西部に位置する中山間地域で、「関川しな織」や「越沢そば」をはじめ、「県指定名勝 摩耶山」など魅力ある数多くの地域資源を有していますが、人口の流出に伴う後継者不足等、対応しなければならない喫緊の課題も顕在化しています。

こうした状況の中、福栄地区では、平成25年度に、「福栄地域協議会“福の里”」を立ち上げ、都市部との交流を図り、福栄地区活性化の糸口を探ろうと、様々な取り組みをスタートさせています。

そこで、鶴岡市では、新たな視点で地域を見つめ、地域の方々とともに地域づくり活動に汗を流していただける意欲と情熱をもっている方を募集します!!

募集期間 : 平成29年6月2日(金)~平成29年8月4日(金)

※早期に募集を締め切らせていただく場合がございます。

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くわしくはこちらをご覧ください。

 

 

 




『地域の資源を活用してあなたのナリワイをつくろう!』講座のお知らせ

ナリワイづくり 考え方のトレーニング講座 庄内柿編

大いに盛り上がった昨年に引き続き今年も

『地域の資源を活用してあなたのナリワイを作ろう!』講座を開催します。

日 時 : 2017年6月17日(土)10:00 ~ 15:30

会 場 : 鶴岡市広瀬地区地域活動センター

      鶴岡市羽黒町後田下田元237

定 員 : 15名

参加費 : 500円 (茶菓子代)

 

ナリワイ」とは、「好きなこと」「地域で困っていること」をかけ合せた、小さなビジネスです。

★やってみたいことはある・・・

★これはナリワイになるのかな・・・

★自分らしく暮らしたい・・・

★地域で気になっていることがある・・・

★一人で考えるといきづまる・・・

思い当たる方はぜひきてみてはいかがでしょうか。

詳しくはこちらをご覧ください。

柿守人講座2017表

印刷用PDFはこちらから

今回のナビゲーターの佐久間麻都香さんは2014年に庄内柿でナリワイを始め、柿守人(かきもりびと)を立ち上げました。現在のナリワイに至るまでのプロセス、実践例を紐解きながら、地域での仕事と仲間づくりの考え方を、フィールドワークとナリワイづくりワークショップを通じて学ぶ講座です。

実践例を通して、大事な考え方を学びながら、みなさんのナリワイ・小商いに応用できるヒントが学べます。

仲間がいると一緒に踏み出す有機が持てます!!

 

佐久間麻都香さんのナリワイインタビューこちらからご覧ください。

鶴岡ナリワイプロジェクトこちらからご覧ください。

 

柿守人講座2017裏

印刷用PDF はこちらから

お申込みはこちら! Googlフォームからお申込みください。

 




移住者交流会 Vol.4のご案内

西郷さんとから鶴岡を学ぶ

 

「”さきの戦争”が戊辰戦争を指すことに驚きました。」

「薩摩藩の西郷隆盛さんがなぜ鶴岡で大事にされているんですか?」

先輩移住者の多くから、このような声を聴きます。

今も歴史が暮らしに息づいている鶴岡。

日本遺産にも認定された松ケ岡開墾場で、

幕末の歴史を知ると鶴岡暮らしがもっと面白くなるはず。

小さいお子さんは、陶芸教室で思い出づくり。

気軽な交流会です、ぜひご家族でお越しください。

 

日 時 :2017年 6月 18日(日曜日)

                        開場 9:30 開始 10:00 終了 14:00

会 場 :松ケ岡開墾場

                        鶴岡市羽黒町松ケ岡字松ケ岡

対 象 :鶴岡市へUIターンされた方とそのご家族、

                        鶴岡市への移住を希望されている方。

                        定員約30名(先着順)。

参加費 :無料(ただし、昼食代・保険料800円と参加アクティビティ代が別途かかります。代金は当日申し受けます。)

参加申込:6月15日(木曜日)まだFAXかメールでお申込みください。

申込・問合せ:鶴岡市役所地域振興課

                      電話(代表)0235-25-2111 内線585

                      FAX : 0235-25-2990

                    メール : chiikishinko@tsuruoka-iju.jp

 

20170618チラシ(完成版)-001

20170618チラシ(完成版)-002

印刷用チラシはこちらから・・

 

 

 




鶴岡ナリワイプロジェクト主催 地域づくりのプロ 広石拓司さん講演会のお知らせ

地域づくりのプロ 広石拓司さんに学ぶ、

思いのある人が動き出せる「場」づくり

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「こうしたらもっと良くなるのに」
「これをやりたい!」
「あれがあったら…」

という思いがあるにもかかわらず、
どうやって形にすれば良いのか分からない、
という方、必見です。

全国各地の地域づくり・場づくりを応援する
プロフェッショナル広石さんに、
「思いの実現に向けて動くためのコミュニティづくり」
について、世界各国4つの街の実例をもとに
お話ししていただきます。

地域に暮らす人が、自分たちの地域に必要なことを
自分たちで作ってしまう。
そんな動きをした事例から、
これからの地域活動の進め方や
地域で新しいことを始めるためのコツを
ご紹介いただきます。
地域で活動するときに感じる
質問や悩み事にも答えていただきます。

■日時:5月12日 (金) 18:30〜20:30 (受付開始 18:00〜)
■場所:にこふる 3F 大会議室
■定員:40名
■参加費:¥1,500
■参加方法:こちらをご覧いただき「参加ボタン」を押してください。
イベントチラシ

詳しくはこちらから・・・

 

また、5月13日 には「なりわいやりたい!第1回Talk Cafe」
開催されます。

これからナリワイを始めたい人や、

すでにはじめた人が、お互いからアイディアをもらう場です。

参加者みんなで気持ちのいい場を作っていきましょう。

・「ナリワイをはじめたい!」
だけど、何からはじめたらいいか分からない。

・やりたいことはある
だけど、最初の一歩が踏み出せない。

・スキルはある
だけど、地元で仲間を見つけられない。

・やっているんだけど
煮詰まった。アイディアが欲しい。

✩どんな内容?
ちょっと先にナリワイを始めた仲間と
わいわい、おしゃべりしながら、
相談に乗ったり、アイディアを出し合います。
新しい出会いと動き出すきっかけの場です。

*********************************
【重要】
時間は、約1時間です。みんなが気持ちよく話せるように、以下のエチケットを守ってください。

『Cafeエチケット』
1,他人の話を聴く。
2,自分の意見を素直に話す。
3,否定しない。
4,未来を語る。
**********************************
毎回、ナリワイALLIANCEメンバーが2名以上参加し、
参加者をナビゲート。

■日時:5月13日 (土) 10:30〜10:45
■場所:勤労者会館
■定員:5名
■参加費:500円
ドリンク代ではなく、「場」に参加するための費用です)
☆定員:5名
✩申し込み方法:こちらからイベントの参加ボタンを押してください。

共催:鶴岡市
主催:鶴岡ナリワイプロジェクト ナリワイALLIANCE

詳しくはこちらから・・

 




No.20 Uターンをきっかけに自分と向き合い見えてきたもの

今回の移住者インタビューは2009年に鶴岡へUターンした小野寺紀允(のりまさ)さんにお話しを伺いました。

 紀允さんと奥様横

小野寺さんは、鶴岡市京田生まれ。鶴岡工業高等専門学校を卒業後、20歳で三菱重工の横浜研究所に就職し、その後27歳で仕事を辞めUターンし実家の農業を手伝いながら、4年前から農家レストランの調理を担当、現在に至ります。

都会の生活に憧れがありましたか?

小野寺さん:仕事の選択肢として、実家の農業は考えていませんでした。しかし就職はどうしたいかわからず、田舎者なので都会でやれる自信もなく、大企業以外の道ならと思っていました。学生時代にやっていたこといえば化学系の実験だったので、研究職ならできるかなと唯一見つけたのが三菱重工。その当時自分は無知で、三菱重工の名も知らず、しかも成績もそんなに良くなかったので先生からも止められたのですが、「落ちるなら試験ついでに都会へ遊びに行けるなぁ」と軽い気持ちで受けたところ、結果は運よく合格。なので、都会への憧れというより、逆に入社式へ向かう電車の中で「もう地元へ帰りたい」と本気で思っていました。

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(三菱重工時代の小野寺さん  写真提供:小野寺さん)

働いてみてどうでしたか?

小野寺さん:心配とは裏腹に重工時代の仕事は楽しく幸せでした。会社では自分のまわりが、東大卒や高学歴の人ばかりで、高専卒の人達は1割程度。学もなく世間知らずの自分でしたが、一つだけ大切にしたのが「挨拶」でした。それだけは負けずにやったところ、先輩や上司が面倒を見てくれるようになったり、関連会社の方が手伝ってくれたりして、自分に足りないものを埋めてくれるようになりました。このご縁には本当に感謝しています。

また今振り返ると、頼まれた仕事には、「品質」、「納期」、「予算」があり、これを相手の求める以上の仕事をすることで「ありがとう」と言ってもらえることを期待して、研究職なのに、サービス業のような感覚で仕事をしていましたので、とても充実していました。

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(横浜重工同期との送別会 写真提供:小野寺さん)

ただ、都会での暮らしの中で、ネオンや人ごみが自分にはとてもストレスでした。入社1年目から都会は自分には合わないとまわりには言っていましたね。結果的に7年間暮らしましたが、実をいうと連休や土日を利用して2か月に1度は鶴岡に帰っていました。実家に顔もださず、友達と遊んで充電して、また横浜での仕事を頑張るという感じでした。

辞めるきっかけは色々ありましたが、その一つとして26歳の頃に10年後の自分を想像したことでした。学歴重視の会社だったので、高専卒では昇格にも先が見え、また管理業など、自分がしたい事とのギャップが出てくる。そう思ったとき決心しましたね。

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(Uターンして間もない頃 写真提供:小野寺さん)

 小野寺さん:そして2009年8月にUターンしました。8月は農繁期。人手も必要になるので両親にもあてにされるだろうと思ったんです。そんな甘い考えだったので、夜は遊び、朝帰ってきてなんとなんとなく農業をして過ごしていたんです。ちょうどUターンしてきて2~3か月した頃両親に、「何しに帰ってきたんだ。そんなふらふらして。お前にとって農業とはなんなんだ。跡取りでもないし、出てってもいいんだぞ。」と本気で叱られました。今まで流されるように運よく生きてきた自分は、どん底に落ち、どうしたらいいかわからなくなりました。

自分を変えるきかっけとなったある1枚のCD

小野寺さん:「芯がない自分」と悲観していた頃、たまたま出勤途中に車にあった中村文昭さんの講演CDとの出会いました。その人は、人生やることがなくてふらふらして上京し、そこで凄い人と出会ったことで人生が変わり今、幸せに生きているという人で、その体験を糧に「生きるとは何ぞや」という講演を日本各地でしてる方でした。落ち込んでいた自分の中にその人の一つ一つがすっと入ってきて、車を停めてぼろ泣きしながら聞きました。「やることがないやつは人を喜ばせることをすればいい。」「頼まれごとは試されごと。」「返事は0.2秒。」これだっ!これしかない!!と自分を変えるきっかけをこれに頼りました。

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(農家レストラン )

価値を理解していなかった農家レストランや有機農業。始めたきっかけはただ親がやっていたからなだけ。それが自分にとってどういうものなのか、地域的な役割はなんなのか、真剣に考えてみました。答えは意外と簡単で、人に「ありがとう」ってより言ってもらいやすい仕事(=サービス業)なんだと理解した瞬間、これでいいんだ、なにも特別なことをしなくてもいいんだとホッとしました。

とことん自分をさらけ出し話すことで見えてきたぶれない軸

小野寺さん:ようやく糸みたいな細い「芯」。これをどう太くしてくか、そして「人間力」を高めるか。次の行動は、「積極的にいろいろな人に会おう」でした。その最初の方が、知人のご縁で紹介してもらった、「食や農で地方を楽しくしたい」というパワーある一人の大学生でした。東京池袋で一日中、今までの悩みや有機農業、地方と東京を繋ぎたいというお互いの夢を熱く熱く語り、やりたいことをびっしりノートに書き込んでいきました。初めて自分をさらけだした時間で、アドレナリン全開でしたね。自分が解放された瞬間だったと思います。彼との出会いは、縁から縁を呼び、今でもかけがえのない人脈の原点を作ってくれた方だと「人生の師」と勝手に呼んでいます。ちなみに今はジャーナリストととして世界で活躍されてます。

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(仙台異業種交流会の庄内ツアー 写真提供:小野寺さん)

小野寺さん:「池袋会議」の一か月後、彼から食と農を語る大学生イベントに呼んでもらい、農業ビジネスで起業したての方(のちに都内に八百屋さんを店舗展開して3億円売上。だだちゃ豆も取引)や、東映の課長さんとも出会わせてくれました。東映の課長さんは仙台で異業種交流会を開催されている方で、30~40代の電力、銀行、公務員、個人経営者などなどバリバリ活躍されてる人たちが100人集まる会でした。幸いにもその会には僕以外に農業者はいなく、「農業に興味あるからら農業体験ツアーつくってよ」と声をかけていただきました。そこで、中村文昭さんの「頼まれごと・喜ばせる」だっ!と思い、3か月後に庄内で異業種交流会さん向けの農ツアーを開催しました。都会の人だけが楽しいじゃつまらないと思い、地元の人にも一緒に参加してもらい、実践的な経験を重ねることができたと感謝しております。

 

「庄内朝ミュージアム」に始まった地域活動を通した地域への思い

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(庄内朝ミュージアムにて 写真提供:小野寺さん)

小野寺さん:仙台で参加した異業種交流会みたいなのは鶴岡にはなかったので、そういう交流の場があればいいなと思っていました。ちょうどその頃、自身が属していた庄内農文化交流推進協議会と湯田川温泉の若い青年部を中心に、「庄内朝ミュージアム」をやろうとなりました。この「庄内朝ミュージアム」とは、朝市×エコミュージアムの造語で、庄内の食材をピックアップしたその場が庄内のゲートウェイになれば、そして観光のためのイベントではなく、地元の人たちの遊び場になればとスタートしました。

「だだちゃ豆」、「庄内米」「そば」「在来かぶ」「お酒」など様々なテーマを、「知る、食する、体感する」という三位一体をイベントの軸として開催しました。自分は農業者だったので、「知る」を語り表現する担当で、大学の先生、生産者、知見者から熱量の高い面白いお話を受け、それを人に伝える役割でした。先人、先達の思いを知ることができたのは、農業者の自分にとっても大きな意味があり、また農家も、地元の人も知らないことがまだまだたくさんあると感じました。そしてこれも価値であり、長く地域が幸せに存続していくためには必要不可欠と感じました。

イベントが終了した今では、「鶴岡ふうどガイド」が地元の食や農の楽しさを説明してくれ、ここを訪れる人や地域の方に魅力を感じてもらえる仕組みができてることは良いことで、自分もそのピースになれればと思っています。

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(庄内農文協にて山伏修行 写真提供:小野寺さん)

誰かのキーパーソンになること

 小野寺さん:自分にとって一人の大学生がキーパーソンとなったように、自分が誰かのキーパーソンになれたらと思っています。いろいろな人やUターンしたい人たちと話す機会が多いのですが、帰ろうかどうか悩んでいるとき、第三者と話すことで自分の考えがまとまり、見えてくることがあります。人と会って話をすることによって自分と向き合うのでしょうね。「自分をさらけだす」というのは大事なキーワード。自分のことを話す機会は大切だと思います。自分のやりたいことはその都度、変わってくるじゃないですか。話すことでそれが自分でもわかってくるんです。話すことは非常に大事だと思うし、話す場に積極的に参加しないとなかなか機会がないのも事実です。この地域をどうしていこうかと、いろいろな話ができる人と人の出会いの場は大切だと思います。全員と仲良しにならなくても、誰かキーパーソンと繋がるとその先に広がります。

これから先、どうしていきたいと考えていますか?

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小野寺さん:まず仕事としてー。今では、母親と代替わりし農家レストランの調理・経営もやっておりますが、農業者でもあり、自分で畑からつくったものをお客さんが「喜んでもらう」にはどうするかを考えています。農家レストランも有機農業もその手段だと思っており、他にも地域や食材の事を語れたり、庄内平野を眺められたりと、来てくれた方がより喜んでもらえる空間をプロデュースできたらと考えてます。色々な価値観にあわせて仕事ができたとき(笑顔がもらえたとき)がやっぱり自分の幸せになりますからね。

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小野寺さん:次に地域としてー。色々な他地域とのご縁を頂いてきた中で、最終的な活動フィールドは、地元の京田エリアくらいがちょうどいいと思っています。理想的なのは、子供たちがここ京田にいてよかったなといって帰ってくるような場所になっていることです。幸いにも、UIターンの人は今鶴岡には増えていて、郊外の京田地区にも徐々に増えてきているので、この地で食と農を通じ、地域交流や豊かさが感じることができれば、たぶん地域はなくならないと感じています。

UIターンを考えている人たちにむけてメッセージがあればお願いします。

小野寺さん:自分も同じ経験をしているので、是非相談にのりたいと思います。受け入れ側としては一方通行にならないようにしないといけないと思います。移住=正解でもないと思っていますし、何よりも「自分を見つめる時間」が一番大事なので、そこに寄り添えたらと思います。

 奥様はこちらに来てどうでしたか?

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小野寺さん:嫁はそもそも農業も嫌い、山形は嫌いでした。子供の頃、内陸地方で過ごしたことがあり、田舎にはあまり行きたくないと思っていたようです。自分と話すようになり、農業への価値観が変わったと感じています。結婚して移住してきたことに関しては、子供が生まれて、子供を育てる環境にしても最高だと思っているようです。実家で暮らしている立場としてはどうかな、いろいろあるかもしれません(笑)。地域との繋がりは、子供ができる前は大変だったが、子供を介しての繋がりができていのでよかったと思います。

受け入れ側の立ち位置として地域の受け入れ体制についてどうお考えでしょうか。

小野寺さん:地域にもよりますが、移住に関しては地域コミュニティーが大事なので、個人的には、まとめ役となる地域の方も必要かと思います。今行政でもUIターンの入口サポートは充実していますし、そこをきっかけに「仕事」や「住む場所」を地域の人に触れ合って深めていってはと思います。

例えば、UIターンの方が空き家を利活用したいとなっても、よそ者には簡単には貸さない風習なので、やはり地域のつながりが重要となると思います。
そういうことを一つ一つ解決していくことで、色々な人が交わり、よりよい方向へ地域が変わっていくと思っています。

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(平成28年11月15日 インタビュー)