No.43京都からのJターン移住でのびのび子育て&起業を実現

今回の移住インタビューは、2019年3月に京都府からご家族でJターンされた新堀貴美さん(43歳)にお話しを伺いました。

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新堀 貴美(にいぼり きみ)

山形県庄内町生まれ。ツバメ雑貨店 店主 / 鶴岡ふうどガイド

高校卒業後、京都の大学に進学。卒業後は大手アパレル会社に就職し、ショップ店員を経験。その後、老舗和装小物の会社に転職。雑貨事業(スーベニール株式会社)の立ち上げや店舗MDなど14年間携わる。2019年3月に夫・子ども2人と共に鶴岡市にJターン。2020年6月、自宅内に、「ツバメ雑貨店」をオープン。リノベーションした自宅の1階を一部開放し、食器をメインとした販売や、レンタルスペースの運営を行っている。

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Q:新堀さんは当市に移住する前はずっと京都にお住まいだったのですよね。

 

A:はい。高校卒業後は関西に行ってみたいという思いがあり、京都の大学に進学しました。雑貨屋が小さい頃からの夢だったので、就職活動では雑貨屋さんを探したのですが、当時の雑貨屋さんでの募集はアルバイトしかなくて(笑)。それでも雑貨屋さんで働いてみたいと思い、まずはアルバイトの売り子からはじめました。次に大手のアパレルメーカーで2年ほどショップ店員をして、和装小物も扱っている京都老舗の草履やさんに転職しました。

 

   経理事務での採用でしたが、後の3代目社長が、新たに雑貨事業をはじめるというので、販売スタッフの指導経験もあった私に声がかかったことが転機となりました。はじめは3人でスタートしたその事業(後のスーベニール株式会社)でしたが、商品の企画開発や店舗レイアウト・販売まで手掛ける店舗MD(マーチャンダイザ―)として、ブランディングに総合的に携わることができました。その間に結婚をして、2人の子供を育てながら、移住するまでの14年間、仕事を続けました。

 

Q:いつかは地元に戻りたい気持ちはありましたか。

 

A:実は…元々全然帰ってくる気はなかったんですよ(笑)。「うちの子は京都に魂を売ったからもう帰ってこない」と親が周りに言っている位、それこそ帰省もしないし、子どもが産まれるまで年に1回すら実家に帰らない程でした。ずっと京都で暮らしていくつもりだったので、夫婦で京都に一戸建てを購入して住んでいましたので、移住を決めたことを話した時は、親はもう驚きでひっくり返ってましたね(笑)。「夫婦で仕事辞めて移住だなんて。こっちにきてからどうするつもりなのか。」って心配されました。

 

Q:移住を考えたはじめたきっかけは何ですか。

 

A:移住する3~4年位前でしょうかね。地元の友人が楽しそうなことをいっぱいやっているようだなって、FacebookとかInstagramで見ていて気になりはじめました。そのなかでも、当時開催されていた「Show Night」というアウトドアイベントに「めっちゃ行きたい!」と心を動かされたのが一番かもしれません。地元の同級生が「Show Night」に出店している様子を京都から見てすごく行きたくなりました。結局行けなかったのですけど、面白そうなことをやっているな~と。

    元々夫婦ともにフェスやアウトドア、海が好きで、京都に住んでいた時も、休日は家族で海のある淡路島や四国に行ったり、大規模なキャンプイベントにも参加したりしていました。だから「Show Night」を初めて見たときは衝撃でした。「(庄内でも)やってんじゃん!」って(笑)。

 

フェスなど、予め用意されている大規模イベントに参加するのも魅力的ですが、性格的にはじめから創りあげていく過程がとても楽しい!と思えるタイプなので、「Show Night」の活動に実際にかかわってみたいな、と思ったのです。

 

    また、京都での暮らしも、実はなかなか大変で。ご存知の通り、京都は国内外で有名な観光都市。休日に家族でどこかに行こうとしても、京都の街中はもうどこにも行けないぐらい観光客だらけで、住民の私たちはどこにも行き場所がない。結局、かなり遠出しないと家族とゆっくり過ごせる場所がなかったり、イベント情報がありすぎて逆に探せなかったりと、京都に住み続ける意味を感じにくくなっていました。

 

 あとは、そのころ夫婦ともに仕事が非常に忙しくて、疲れたというのもありますね(笑)。

 

    仕事にはやりがいも感じていましたが、ワークライフバランスというか、下の子がまだ小さいのに、子どもたちと過ごす時間が少ない毎日に、「このままでいいのかな?」って思いもありました。2歳の子を7時に保育園に預けて、仕事して、18時に迎えに行って、19時に帰ってきて、ご飯食べさせてお風呂に入れて21時に寝かせてという日々の繰り返しだったのです。

 

       ある時ふと「毎日、子どもと何時間関われているのだろう」って考えたときに、「1日2~3時間しかないな」って気づきました。そこにハードな仕事でイライラしてという生活が続いてくると、「う~ん、このままの生活でいいのかな?」と。サラリーマン生活をずっと続けても、安定した生活が保証され続けるとは限らないし、「これからは好きなことにも時間を使える余裕がある方がよくない?」と、次第に夫婦間で話すようになりました。

 

    いろいろなタイミングや状況が重なって、最終的に「(京都での暮らしは)もういいかな。」って。それから具体的に移住を考えてみようかという話になりました。

 

Q: 移住を考えはじめてからのことを教えてください。

 

A:今から全く知らない土地に移住するのは夫婦ともに抵抗があったので、最初は「四国や高知あたりもいいね」と言っていたのですけど、夫が栃木県出身で、ここ(京都)以上に双方の実家から離れるのは流石にちょっとまずいかなと。つぎに、ふたりとも海の近くに住みたかったので、海まで時間のかかる京都の近隣や海のない栃木県も、やはり難しいなと。ならば、私の地元で海もある庄内地方はどうかな、という話になり、2018年の夏に、情報収集を兼ねてちょっと長めに帰ってきて、地元や鶴岡市など海が隣接する自治体の相談窓口を回りました。

 

    鶴岡市では移住コーディネーターに相談をしました。ちょうど9月に「Show Night」に参加する予定でしたので、それまでに鶴岡市の不動産物件情報を照会していただくことになり、次に戻ってきた時にはいくつか物件を見て回ることができました。そのうちの一軒が気に入ったので不動産契約を結び、2019年3月に家族で引っ越してきました。

 

Q:当市の情報を得るために活用したものはありますか。

 

A:Instagramで「鶴岡」と検索して調べていましたね。でも、移住前は「ヤマガタデザイン(株)」のホームページをやたら見ていました。「ヤマガタデザイン(株)」が動き出したことも興味がわいてきて、「なんだろうこれ!すごい!」と素直に思い、今の庄内にはこんな動きもあるんだ、と刺激を受けました。鶴岡市の移住サイト「前略 鶴岡に住みマス。」も参考になりました。

 

Q: 移住を決めた理由などお聞かせください。

 

A:この家を見に来た時に、ちょうど畑仕事していた隣の家のおばあちゃんが「キレイになったろ、あそこんちの~。ゆっくり考え~」。とやさしく声をかけてくださり、とても印象に残ったのが一番大きかったですね。また、海に近くてゲストハウスもできる物件を希望していたので、信号2つで湯野浜に行けて、庄内空港にも近いアクセスの良さと、部屋数の多さも条件に合っていました。また、以前から好きでよく訪れていた善宝寺の近くに住めるということも、この家に決める後押しとなりました。

 

(元々は農家さんが所有していた古民家をリノベーション)

 

Q:移住後に感じたギャップやよかったところなどはありますか。

 

A:夫は、最初のころは「庄内弁で何を言っているかわかんない」って少し戸惑っていましたね。それこそ大工さんが「ここちょすあんが?」「ぼっごすあんが?」と言っていることばを夫に「ここ触るか?と聞いている」、「壊すか?と聞いている」と通訳していました。今年になってやっとだんだん分かるようになってきたらしく、「今日職場で『ほげちょすな。』と言った。」と話してくれました。

 

 結構ありがたかったのは、この集落は元々お婿さんが多いところで、主人が周りの方々にやさしく受け入れていただいている感じがあります。あと、「子どもが少ないところに子どもがふたりも越してきてくれてありがとう」ってみなさん言って下さり、子ども達を大事にしてくれている感じがありとてもありがたいなと思っています。

 

Q:お子さんたちにとって移住後の暮らしはいかがでしょうか。

 

A:こっちに来てめちゃめちゃよかったですね。のびのびしていますね。むしろ子ども達のことを考えたらもっと早く移住してもよかったかなと思います。

(美しい日本海の夕陽を眺めながら遊ぶ子どもたち)

 

    引っ越してきた時、上の子は小学校3年生でしたが、京都にいたときの3年生の人数が約120人ぐらいだったのに比べ、今上の子が通っている小学校は1~6年生まで足してもその数より少ないです。3年生は1クラスですから、やっぱりのびのびしていますね。

 

    下の子が通っている保育園では蚕を育てたり、冬には寒鱈解体ショーを見てめっちゃ号泣したりしていましたね(笑)。鶴岡ならではの豊かな経験をさせてもらっているなと思います。

 

    子どもの外遊びにしても、例えば上の子が「裏の子んところ行ってくる」って言ったら、「あぁ、裏の子どもの家に行ってくるのだろうな」とすぐにわかって「はい、いってらっしゃい」と気軽に言えますけど、京都にいた頃はそれこそ、安心できないので「行っちゃダメ!」とか、「自転車も車も多いし道路も狭いからダメ!」とか、とにかくダメっていうことがすごく多かったので、今はのびのびした環境で子どもを育てることができているなと思います。今年は新型コロナウイルスの影響でステイホームの時期もありましたが、これが京都の家だったら子どもたちはどうやって過ごしていたのだろうと想像するとちょっとゾッとしますね。

 

    あとは子どもがご飯をよく食べるようになりましたね。やっぱりお米が美味しいって言います。野菜も美味しいですね。家の周りは農家さんが多く、私たち家族が農家じゃないのを知っているので、採れた野菜を分けていただくことが多いです。「そうそう、大根はこの時期だったよね。」と野菜で季節を感じることや、「これは誰々が作ってくれた野菜だよ」と子どもたちに食卓で伝えられる豊かさを思うと、しみじみ移住してきてよかったと思えます。(京都の『とりもと硝子店』の作品。手吹きガラス製法による曲線が美しい)

 

Q:ツバメ雑貨店について教えてください。

 

A:食器をメインに、京都時代に仕事で出会った作家さんの作品などをセレクトし、販売しています。(完全予約制)。自宅の一部もレンタルスペースとして料理教室やワークショップを開催しています。(月桂樹のリースづくりワークショップの様子)

「ツバメ」は幸せの鳥や商売繁盛の意味があるそうです。また、実家の祖母が、祖父が経営していた自転車屋を祖父の亡き後女手ひとつで営んでいたらしく、子どもの頃に見たお店の写真に「ツバメ自転車」とメーカーの看板が写っていたのが子ども心に残っていたのと、ここには毎年ツバメが来るのですが、ツバメは居心地がいい家に毎年来るそうなので、居心地がよくてお客さんがまた来てくれるようなお店にしたいなと思い、「ツバメ雑貨店」にしました。

(店名の由来でもある、祖父母が営んでいた自転車屋さん)

  実は先に名刺を作ってしまったので、雑貨屋さんの人って思われがちですけど、苺ジャムを一からつくったり、「鶴岡ふうどガイド(認定機関:鶴岡食文化創造都市推進協議会)」として活動したりと、割と自由なスタイルでやっています。

Q:雑貨店だけど一から苺ジャム。もう少し詳しく聞かせてください。

 

A:この夏に3種類出しました。「乙女心のピュア」、「乙女心のミント&ブラックぺッパー」そして「乙女心のカルダモン」です。苺の品種名である「おとめ心」を商品名にどうしても入れたくて、このネーミングにしました。郷土料理を教えていただいている農家さんのつながりから、この苺に出会ったのがきっかけです。苺らしさを味わえる「ピュア」や苺と相性のよいハーブやスパイスを配合した「ミント&ブラックペッパー」「カルダモン」。ラベルのロゴデザインは、京都在住のデザイナーに依頼して、商品化することができました。

 

Q: 移住を検討されている方へのアドバイスなどあればお願いします。

 

A:アドバイス…なんだろう(笑)。人と関わろうとしないとだめやとは思います。移住したら、新しいコミュニティをつくっていくのはたぶん自分自身なので。私の場合は、鶴岡ふうどガイドでのつながりもあれば、農家さんへのお手伝いに行くことでのつながりもあれば、移住者交流会で知り合った人とのつながりとか。色んなジャンルというか、マスが増えていく感じで楽しいです。あとは、常に「こうしてもらいたい」とか「かかわってほしい」みたいにどこか受け身的に思っている方は、「なんか面白そうだから行ってみる」とか「面白いひとがいるから関わってみようかな」など能動的に動いてみることで、どこでもやっていけるようになるのではないかと思います。

Q:今後やってみたいことはありますか。

A:この自宅の敷地内にある納屋をリフォームして、カフェをつくろうかと思っています。コーヒー1杯を飲みに気軽に立ち寄っていただいたり、いずれは夫の作るスパイスカレーを提供したりしたいですね。

 あとは、観光客のニーズが体験型に変わってきているので、地域の農家で農業体験を取り入れたツアーをやってみたいです。例えば、近隣の農家さんで農業体験をしたお客さんが、うちに立ち寄ることで、その農家さんの野菜や果物を味わえたり、レンタルスペースで旬の食材を使った料理教室もできたり…という体験プログラムを、鶴岡ふうどガイドの企画ツアーとして実現してみたいですね。もっと滞在してみたいというお客さんには、「ゲストハウスとしてうちに泊まってもらうこともできるよね」と夫婦で話しています。そんな風に、庄内の恵みを、さまざまなかたちと体験を通して、今後もお客さんにお届けしていきたいです。

 

(インタビュー2019年9月24日  写真提供:伊藤秀和 新堀貴美)