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No50【新卒でIターン。“病気ゼロ社会”実現を目指したい】

今回の移住インタビューは、鶴岡サイエンスパーク内の企業への就職を機に、鶴岡へIターン移住した舟橋 和毅さんにお話しを伺いました。未来を担う研究者のひとりである舟橋さんは、鶴岡での暮らしをどのように感じているのでしょうか。

プロフィール

舟橋 和毅(27歳)

愛知県海部郡大治町出身。歯科医院とお寺を営む実家に生まれる。

名古屋にある高校を卒業後、慶應義塾大学の薬学部に進学。

大学院を卒業した後、鶴岡サイエンスパーク内に拠点を置く株式会社メタジェンへの就職が決まり、2020年4月鶴岡市へ単身Iターン移住。

読書が好きで、歴史物を特に好む。

ご兄弟が営むお寺に、『建宗寺』があり、自身も学生の頃に法戦式と呼ばれる儀式を行うなど異色の経歴を持つ。

“病気ゼロ”社会の実現という理念と、個人の思いが一致した。

Qメタジェンへの就職を機に移住した舟橋さん。具体的にはどのようなお仕事をしているのですか?

舟橋「腸内細菌の研究をしています。ヒトの腸内は、地球上で最も高密度に細菌が存在する場所と言われていて、そこには40兆個もの腸内細菌が棲んでいます。そして、腸内環境が様々な疾患と密接に関わっていることが近年の研究により明らかになってきました。」

「腸内細菌は僕たちが食べたオリゴ糖や食物繊維などを餌として食べて生命活動を行っています。その時にそれらが分解し、生成された物質は「代謝物質」と呼ばれています。この代謝物質が大腸から吸収され、血中に入り全身を巡ることによって、様々な疾患と関連していることがわかっています。これらの背景を踏まえて、メタジェンは腸内細菌と代謝物質の両方を調べ、その関連を明らかにし応用していくことで、“病気ゼロ”社会の実現を目指しています。」

<研究室での様子>

Qなぜ、メタジェンに就職を決めたのでしょうか。

舟橋「今の会社に入ったのは、“病気ゼロ”社会を目指している、という点に個人的な感情が一致したからです。僕は耳が遠いので、仕事の時は補聴器をつけていますが、難聴を治したいなという個人的な思いがあって。“病気ゼロ”社会を目指すならその過程の中で絶対に難聴のことも入ってくると思ったんです。僕の場合、遺伝子検査で難聴遺伝子は見つからず、家族にも難聴の人はいないので理由が分かっていません。でも、何でだろう、という感じで、興味がありました。」

「今は根本的に治せなくても、メガネと同じように補聴器を付ければ良いので、必ずしも根本的解決をする必要があるかと言われると、そうでもない気もします。でも、根本的に治すことができたらより良いなと思っています。“病気ゼロ”社会の実現というと、偉大な目標のように聞こえますが、僕の個人的な思いと一致した部分が大きかったように感じています。」

こうした経緯で、メタジェンで研究をすることになった舟橋さん。2020年4月から、鶴岡での暮らしが始まりました。

不安よりもメリットの方が大きかった鶴岡暮らし。

Q鶴岡に来ることに不安はありましたか?

舟橋「鶴岡に引っ越すことについて、ネガティブな気持ちはなかったです。結果的にはコロナも蔓延したので、こっちにいることが出来て良かったなと思っています。引っ越す前は、鶴岡市の位置関係などが分からなかったので、有楽町にあるやまがたハッピーライフ情報センターに相談したのですが、そこで鶴岡市の地域振興課を紹介してもらいました。あとは会社の人に聞いたりも出来たので、特に不安はなかったです。」

Q住むところはどのように探しましたか?

舟橋「移住前は、実際に一度鶴岡に来て、地元の不動産屋さんで家を決めました。生活にかかる固定費を抑えたかったので、1Kで2万9千円の物件を選びました。が、東京の家より全然広いです。それと、ここでの生活に車は必須でした。最初は実家の車に乗っていたのですが、その後オークションで中古車を9万円で落札し、諸経費あわせて15万くらいで手に入れることが出来ました。

「その時は大阪から買ったので運送費がちょっと高かったです。ネットで探せば、ジモティ等でも鶴岡で出品している車が見つかると運送費がかからずに済んだと今だったら思うんですけど。車は工夫すれば安く調達出来ますので、あまりそこはネックにはならないと思います。そんな感じで僕の場合は、移住前より暮らしのコストを下げつつ快適に暮らせているので、移住のメリットは大きかったですね。」

休日はカフェで読書、晴れた日には夕陽を見に海へ。

Q鶴岡暮らしについてもう少し聞かせてください。

休日は何をして過ごしていますか?

舟橋「よく海に夕陽を見に行っています。鶴岡は雨が多いので晴れの日が貴重なんです。今思うと僕はずっと平野で暮らしてきました。濃尾平野で育って、次も関東平野。どちらも周りに海や山はなかった環境なので、行くたびに新鮮な気持ちになれる海につい足が向きますね。」

「あとは、市内の行きつけのカフェで読書をして過ごします。今は、司馬遼太郎の斎藤道三の物語を読んでいます。鶴岡には休日をゆっくり過ごせるようなカフェだけでなく、病院やコンビニ・スーパーもあるので、鶴岡で生活をする中で“田舎だからこれが出来ない”と感じたことはないですね。昔は、都会でしか出来ないことも多かったので、全国から都会に人が集中したと思うんですけど、ネット社会になってそんなこともなくなってきたし、日々楽しく過ごしています。」

<休日の舟橋さん>

「鶴岡に来てから、“美しさ”は色々なところに転がっている”というのを実感します。海の夕陽に、赤川の桜並木もありますし。それに何より、鶴岡の食べ物はもう芸術的ですよね。僕にとってのご褒美はいつも鶴岡の美味しい食べ物です。僕、もともと野菜はあまり好きじゃないんですけど、鶴岡の野菜はすごい美味しいです。」

<日本海に沈む夕陽>

日々の暮らしを楽しむ達人のような舟橋さん。様々な工夫で、鶴岡暮らしを謳歌していました。

舟橋「休日に限ったことではないですが、ホームジムを作って筋トレをしています。1Kの自宅内に、工夫してDIYで作りました。バーベルが付いて、スクワットとなど様々なメニューが出来ます。

<自作のホームジム>

月曜日は上半身、水曜日は下半身など、計画的にやっていますよ。コロナが流行して、在宅ワークで勤務していた時期は、ホームジムで運動したり、赤川にウクレレを弾きに行ったりもしていました。都会じゃなくても楽しめる。楽しむ心を持つことが大事だと思います。」

Q次に、移住して困ったことがあれば教えてください。

舟橋「困ったことは特にないのですが、強いて言えば地元で上映される映画のバリエーションが少ないことですかね。僕は映画が好きで、東京に住んでいた頃は日比谷とか渋谷の小さい劇場にもよく通っていたのですが、鶴岡ではメジャーどころの映画しかやっていない。もっとニッチな映画も上映して欲しいです。実際にあったのは、明石家さんまの“漁港の肉子ちゃん”っていう映画を見たいと思って調べたところ、鶴岡市ではまだ上映していませんでした。一番近くても内陸まで行かなければ観られなかったというのには困りました。」

実際に体験したからこそ分かる、リアルな気持ちを教えていただきました。

鶴岡サイエンスパークと地元の交流を

Q今度、鶴岡でやってみたいことはありますか?

舟橋「鶴岡には、サイエンスパークというサイエンスに興味が持てる環境があるので、もっと教育との繋がりを持てたらいいなと思っています。世界的にも注目を集めている企業が集まっていて、研究できる施設が身近にあるというのは珍しいことなので、その環境をもっと地元にも活かしていけたらと思います。やはり田舎だと視野が狭くなってしまうというデメリットはあると思うのですが、サイエンスパークをもっと上手く活用することで 克服に繋がると思います。」

「才能が眠っている気がするんです。本当は才能があるのに、開花していない人がいる気がする。なので、ある才能は生かしてあげた方がいい。鶴岡には、そう」いった意味で良い土壌はある気がしますね。豊かな自然からも学べる一方、最先端のサイエンスに触れようと思えば触れられる。小学生くらいの頃から関わる機会を作って、ワクワクしてもらえたらいいなと。中学生以上の生徒にも講演を聞ける場を作りたいですね。」

視野を広くもつことが大事だと語る舟橋さん。鶴岡サイエンスパークと地元との交流が盛んになることで、彼のように若い研究者や多様な才能をもつ若者がこの鶴岡で育ってゆくのかもしれません。

(写真協力 舟橋 和毅)

(文・写真 すずき まき)

  


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