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移住者交流会Vol.6  FIRST TOUCH 鶴岡のご案内

鶴岡市にUIJターンされた方、転勤などで鶴岡に来られた方

鶴岡市移住者交流会vol.6 TOUCH 鶴岡 〜湯田川温泉ピクニック編〜のご案内です!

★1★ 湯田川温泉ガイドウォーキング

湯1300年!長い歴史を誇る湯田川温泉街を温泉旅館の若女将によるガイドで散策します。

★2★ 鶴岡の食文化を楽しもう

孟宗竹のタケノコをふんだんに使った孟宗汁と庄内平野が誇るブランド米

つや姫」のおにぎりを梅林公園でアウトドアランチ!

★3★ 鶴岡の文化と土地にふれよう

おいしいタケノコで知られる孟宗竹。その北限が湯田川温泉。竹林見学と竹クラフトを楽しもう

★4★ 移住者交流会

「移住者MEET移住者」互いに出会って知り合おう

者の先輩も加わり情報交換をしましょう

日 時:2018年6月9日(土曜日) 10時〜14時

開催場所:湯田川温泉とその周辺

参加対象:鶴岡市にUIJターンされた方、転勤などで鶴岡に来られた方

(移住3年目くらいまでの方が対象)

参加費:大人1500円(昼食•体験•保険代)

    小学生以下1200円、3歳以下無料

参加申込:6月6日(水曜日)までに

     FAXまたはメールにてお申込み下さい。

※保険に加入する関係上、フルネームと年齢、

ご住所、当日連絡のとれる電話番号をお知らせください。

FAX : 0235−25−2990(鶴岡市役所 地域振興課)

E-mail : chiikishinko@tsuruoka-iju.jp

お問い合わせ:鶴岡市役所地域振興課 

       電話0235−25−2111(内線585)

 

印刷用PDFはこちらから⇒鶴岡移住者交流会チラシ

 

No.26-後編「人生の何に豊さを求めるか」で選んだ地元での暮らし

今回の移住者インタビューは2016年に東京都からUターンされた岡部浩美さんと千信さんご夫妻にお話を伺いました。岡部さんご夫妻は現在、コーヒー豆専門店を営み、自家焙煎のコーヒー豆の販売の他に、イベントやコーヒー教室を通じて地域の人々の憩いの場となるよう取り組んでいます。前編はこちらから⇒前編

鶴岡に移住することで収入が減るという点で移住を迷っている人たちが少なくないのですが、そういう人たちに何かアドバイスがあれば教えてください。

 千信さん:僕は、今の世の中、どこに勤めていても安定的なところはないと思っています。それは雇用が確保されているとか以前の問題で、例えば精神的や肉体的に耐えられるのかとか、コンプライアンスなどは今までと違いきっちりしているから、それが東京や今いるところで続けられますかっていうのがあると思うんです。それが本当に自分のやりたいことなのかというともあります。だから、場所がどうのこうのって言っているのはたぶん逃げの話であって、来て、何でもやればいいと思います。頭で悩み迷う前に早く帰ってきて何かやった方いいよって思います。

(荘内大祭にて 写真提供:岡部さん)

浩美さん:「人生の何に豊かさを求めるか」というところをよく考えた方がいいです。私は東京にいていいお給料をもらって、いい生活ができて、毎日色々な刺激があって楽しむ生活よりも、こちらで四季を感じながらゆっくり子供と向き合える生活の方がいいと思いました。ただ、100パーセント子供のために戻ってきたわけじゃないんですよ。自分自身が東京に疲れていたんだと思います。子育てに関しては、東京にいたらもっと色々な文化的な体験ができるかもしれないし、教育の選択肢もたくさんあります。何がいいのか子供自身が決められないうちは、子供にとって何がいいかっていうのは親が判断することで、絶対的な正解はないのじゃないかと思っています。じゃあ親は何に豊かさを求めるのかと言えば、自分自身がどちらに居た方が良いかということです。私は、月に1回もらう高いお給料のために毎日毎日満員電車に揺られて、やりたくない仕事をして、ストレスで胃が痛くなる生活よりは、収入は少ないけどこっちでのんびり暮らす方がいいなと思いました。

 

(町内会の夏祭りにて 写真提供:岡部さん)

UIターンするにあたってこれだけはやっておいた方がいいことは?

 千信さん:地元の人とつながることです。まず地元を知っている人とつながらないと、いろいろな壁にぶち当たることが多いと思います。文化的なことについても、食べ物もそうだし、何をするにしてもです。僕は消防団にも入って、自治会や町内会にも頻繁に顔を出しますし、そうすれば、町の中でも声をかけてもらったり、お客さんになってもらったり、生活していても情報が入ってきます。ですから人づき合いが煩わしいと感じる人は、おそらく難しいのではと思います。お義母さんがよく言っていたんですけど、「鶴岡に来たらとりあえずご飯は食べられる」って。それは人間のつながりを自分で保つ努力をした上での話で、誰かに何かやってもらおうって思ったらたぶんダメで、自分でいろんな人と会ったりとか話したりとかしないとダメだと思います。僕は周りの人にかなり助けてもらったり、つなげてもらったりしています。つながりを大切にすることで、自ずと道は開けてくるんじゃないかなと思います。

(写真提供:岡部さん)

浩美さん:東京にいるのとは違った人付き合いが求められると思います。ご近所さんも仲がいいというか、近いから畑仕事をしていたら声かけてくれたりとか、大根もらったり柿もらったり。

千信さん:実はここの売り上げが悪かったら、自給自足できるように畑もしていて、ほったらかしの無農薬でどこまでできるかやってみました。トウモロコシは全然ダメだったし、ナスは3つ生っただけだったかな?トマトはものすごくたくさん採れました。ジャガイモも結構採れました。キュウリ、エダマメもやってみました。

(写真提供:岡部さん)

困ったことや、来てみて思っていたのと違うとかギャップなどありましたか?

千信さん:最近思ったのが、僕はよそ者だから外国人の感覚なんですよ。そもそも文化の違うところにきたら「あ、そういうものなんだな」って思って入っているから、自分が今まで住んでいた環境とすり合わせて「これがちがう!」とかいうのが全くないんですよ。だからそこに合わせてこうすればいいっていう感じです。

浩美さん:家の結露くらいですかね(笑)。フィルムを貼ってみたらり、対策は練ったけどなかなか解決しません。去年はずっと窓を拭いてました。

千信さん:珈琲屋をオープンして2か月になり実際やってみて、お客さんがリピートで来て下さるので手ごたえはあります。最初は裏通りだし、寒いしどうなるかと言われていましたが、正しいものを誠意をもって対応すれば来ていただけるというのを実感しています。鶴岡は人口の割に自家焙煎の珈琲屋さんが多いと感じます。僕が知っているだけで庄内に9店もあるんです。人口的なキャパシティーの問題はこの地域は絶対あるので、そこを打破する次の一手を考えながらやればというところだと思います。特にここで商売できないとか絶対なんとかっていうのはないです。

(写真提供:岡部さん)

ここの場所を選んだ理由は?

 千信さん:ここを選んだ理由は、「人」です。僕の場合、阿部久書店の阿部さんがいるからです。阿部さんと知り合い「みちくさ舎」に繫いでいただきました。ここはどんな人でも、通ってくれる場所、そして靴を脱いで入ってくる場所なのですよ。人の繋がりがなかったら、見逃していたと思います。

(写真提供:岡部さん)

これから先、こうしていきたいというビジョンはありますか?

浩美さん:お店のギフトなどを手がけながら、私自身のナリワイを少しずつやっていきたいと思います。英語で鶴岡の商業施設や小さいけど素敵なお店の発信をしたいと思います。「英語で発信したいけれど、英語を話せる人を雇えない」というお店を紹介したり、まずはこのお店の英語発信からしたいと思っています。

千信さん:僕の方は、珈琲屋さんではありますが、「千コミュニケート」という株式会社を設立していて、会社の名前にもあるように「繋がることが重要」と考えます。カフェであったり、インスタントコーヒーの開発であったり、そういったものを繫いでビジネスにしていく形にこれからはしていきたいと思います。珈琲屋はメソッドの一つでしかなくて、今は基盤となるこの店をもっと強固にしていきたいです。

No.26-前編「人生の何に豊さを求めるか」で選んだ地元での暮らし

今回の移住者インタビューは2016年に東京都からUターンされた岡部浩美さん(45歳)と千信さん(44歳)さんご夫妻にお話しを伺いました。岡部さんご夫妻は現在、コーヒー豆専門店を営み、自家焙煎のコーヒー豆の販売の他に、イベントやコーヒー教室を通じて地域の人々の憩いの場となるよう取り組んでいます。

(写真提供:岡部さん)

浩美さんは鶴岡市のご出身。高校卒業後茨城県の大学へ進学、大学卒業後26歳まで神奈川県でレジャー産業の会社に勤めました。その後渡米し日本語教師を目指しましたが、変更し3年間セントルイスのカレッジに通い情報システムの勉強をして、30歳直前に日本に帰国しました。

(アメリカにてホストファミリーと 写真提供:岡部さん)

浩美さん:「ITのことも分かった、英語もできる、さあ仕事!」って思い東京に戻ったら意外にも年齢のハードルがあったんです。最初普通に日系のシステム会社に面接したら、30歳を目前にして「結婚はどうするんですか」とか、「ご両親の面倒は誰が見るんですか」とか聞かれて、「あ、これが日本の現実だー!」と思い知らされました。結局、派遣で外資系金融機関に働き始めて、そこからとんとん拍子で正社員になって、転職でキャリアアップし、最後は外資系投資銀行に10年間勤めました。

(職場のチームメンバーと 写真提供:岡部さん)

浩美さん:東京に住み始めた頃は、便利で楽しく刺激も沢山あり、仕事は外資系で条件がよく、友達にも恵まれ毎日楽しく過ごしていました。でも家庭を持ちたいと考えると東京にいていいのかなと思うことがありました。さらに30代後半くらいになると、東京では十分楽しんだし、都会で得られる楽しみじゃないものに豊かさを求めるようになりました。それで、鶴岡に当時の経験を活かせる仕事があるかどうか探してもらったのですが、そういった仕事は山形にはないから東京で働き続けた方がいいのでは、と言われてしまいました。それでも、東京から地元の婚活イベントに参加しましたが、結局仕事を辞める踏ん切りがつかず、気付いたら40歳になっていました。

(東京にて 写真提供:岡部さん)

千信さんは、東京ではどんなお仕事をされていたのですか?

 千信さん:僕は東京出身で、仕事はずっとシステムエンジニアです。親父がもともとシステムエンジニアで会社も起こしていたんですが、「お前は入れない」と言われていて、親父の知り合いの会社に商品管理として就職しました。パソコンが当時まだ普及していなくて、インターネットもまだ早期の段階でしたが、僕はインターネットとかシステムについてできたので、商品管理部は在庫管理が必須じゃないですか。それで自分で商品管理のソフトを作って社長に直談判して自社で取り入れてもらい、そこからシステムエンジニアになったっていう訳です。5、6年は正社員で働き、フリーランスっていう言葉がはやり始めた時期に僕もフリーランスになり、それ以来ずっと個人事業主です。フリーランスになってから大企業のシステムとかも手掛けさせていただきました。実は小学生の頃からパソコンを触っていたので、みんなが物怖じするようなシステム等も平気でいじっていたんですよ。システムエンジニアをずっとやっていても良かったんですけど、昔とは変わり、システムがチープ化して誰にでもできるようになってからは、システムエンジニアとしての面白みを感じられなくなりました。

鶴岡に帰ろうと思ったきっかけは?

 浩美さん:40歳を過ぎた頃、「私はずっと独身だな」と思って、一人で生きていく決意をしました。マンションでも買ってこれから一人でやっていこうと思った矢先、夫と出会い、4カ月で結婚。東京での二人暮らしが始まり2年後に子供を授かりました。結婚当初、鶴岡へ挨拶に来たり、実家の父のお見舞いで月に何度か一緒に帰省したりしていて、夫も鶴岡を気に入ってくれたみたいですが、その時は具体的にいつ帰ろうとかありませんでした。ただ、いつか帰ってきてもいいねっていう話をして、子供ができたことで鶴岡に帰る話が急に具体化しました。

千信さん:基本的に、場所の拘束の概念も無く、仕事のベースもどこでも良かったんです。東京にずっとこのまま暮らしていれば、お金は稼げる、仕事もあります。でも東京には物がありすぎて幸せにはなれないなって思いました。

(鶴岡マイプロに参加した岡部さん)

浩美さんは2015年のUIターンサポートプログラム「鶴岡マイプロに出会う旅(※)」に参加されていましたが、このマイプロは何で知りましたか?

 浩美さん:「鶴岡に帰ろう」って思った時に鶴岡の情報をいろいろインターネットで検索していて「鶴岡マイプロに出会う旅」のことを知りました。まだ子供が2か月で、ぎりぎりまで参加するか迷いましたが、高校を卒業して進学や就職で鶴岡を出た人には、地元の情報が全くないため、鶴岡のオトナの事情が分からず、何かつながりができればという思いがありました。盆正月に帰省してもあまり人には会うことはなく、実家にいるだけの状態ですから。「マイプロ」に参加したのは、私にとっては大きな一歩だったと思います。「マイプロ」に参加することで鶴岡の今を知ることができたし、何よりも鶴岡ナリワイプロジェクトの人達と出会うことができたことが一番の収穫でした。鶴岡に来てからオープンした珈琲屋のカーテンや看板そして一緒に販売しているクッキーは全てそのときつながりでの仲間に作ってもらったんです。

※「鶴岡マイプロに出会う旅」は、“鶴岡ともっとグっと近づきたい!”という想いに対してアクションを起こすあなたのプロジェクト「マイプロ」を、東京と山形県鶴岡市を行き来しながら、仲間たちと共につくっていくプログラムです。

 

(鶴岡ナリワイプロジェクトの仲間に作ってもらったコーヒー豆の麻袋を使ったカーテン)

システムエンジニアから全く違う職種の珈琲屋さんを開業したのはどうしてですか?

 千信さん:そもそもシステムエンジニアという仕事は、最近の言葉でいうとテレワーク、要はリモートでもできる仕事で、東京に行けば仕事のニーズはあるんです。そういった意味では、最悪、食べられなくなったら戻ればいいっていうのがあります。とはいえ、こちらに来てシステムエンジニアをやりたいかと言われると、やりたくないっていうのがあります。結婚して、「鶴岡に帰るかも」という話になった時に、「じゃあここでできる仕事を何かやろう」って思いました。もともと僕は料理が好きで、料理系の仕事をやりたいと思い、製菓と製パンと珈琲をを学び、パン屋で修行もしましたし、ケーキも作れます。珈琲に合うケーキの話なども勉強しました。珈琲は東京の谷中に有名な珈琲屋さんがあり、そこのセミナーでみっちり教えていただきたときに、珈琲をナリワイにしてみようと思いました。万が一ダメだったらシステムエンジニアに戻ろうと思いました。

浩美さん:鶴岡での仕事に不安がないと言えばうそだけど、東京にいて同じ仕事を続けていたら不安がないかというとそうでもない。外資系はリストラが当たり前で、毎年毎年、「今年は誰だ?」っていう時期が必ず来ますから。

 

(東京の自宅にて 写真提供:岡部さん)
続きはこちらで⇒後編

市有地宅地販売募集物件のお知らせ

鶴岡市では市内の空き家を解体・整地し、居住を希望する若者世帯や子育て世帯、市外からの移住希望者に対し、宅地用地として供給する事業を行っています。

現在募集中の物件はこちらからご覧ください。

 

【募集受付期間】
先着順申し込み受付中

【お問合せ窓口】

鶴岡市建設部都市計画課

鶴岡市馬場町9-25 鶴岡市役所4階

電話 0235-25-2111

 

鶴岡市でユネスコ食文化創造都市の発信をしてみませんか?

鶴岡食文化応援隊の隊員募集について(5月10日必着)

鶴岡市ではユネスコ食文化創造都市の発信として多言語対応ができる鶴岡食文化応援隊を一名募集します!

事業概要(活動内容)

(1)国内外からの食文化体験プログラムの調整とアテンド

(2)地域での食文化体験プログラムの作成

(3)ユネスコ食文化創造都市推進協議会事業への協力

(4)各種事業における世界への情報発信

(5)その他、上記を運営するための取材等

募集対象その他詳しい内容につきましては市のHPをご覧ください。

こちら⇒⇒鶴岡市HP

鶴岡市食文化創造都市推進協議会のHPもご覧ください。

 

平成30年度『お試し住宅』入居者を募集します(4月9日から受付開始)。

鶴岡市では、民間賃貸住宅を活用した、県外からの移住者向けの『お試し住宅(一戸建てタイプ)』の入居者を募集いたします(4月9日から受付開始)。

県外から鶴岡市へUIターンを希望する移住者向けの在宅支援制度です。山形県宅地建物取引業協会鶴岡が取り扱う『お試し住宅(一戸建てタイプ)」の中から希望する物件を選んでいただき、最長で6ヶ月間の「定期借家契約」できる住宅となります。契約中に自己負担した家賃、契約時の仲介手数料、家賃保証保険料の一部を契約期間終了後に鶴岡市が補助します。

制度の詳細については、鶴岡市のホームページをご覧下さい。

               ↑↑↑↑↑↑ 

   

お試し住宅物件No.1

 

物件掲載票 (NO.1)印刷用PDF

 

お試し住宅物件No.2

物件掲載票 (NO.2)印刷用PDF

 

お試し住宅物件No.3

物件掲載票 (NO.3)印刷用PDF

 

鶴岡市地域おこし協力隊募集説明会が開催について(平成30年3月10日 鶴岡市東京事務所)

宝谷地域おこし協力隊の募集にあたり、次のとおり募集説明会を開催します。

募集に関する概要説明のほか、応募に際して気になることや不安なこと、こんな活動がしてみたいなど個別の相談もお受けいたします。

活動に興味のある皆様のご参加を心よりお待ちしております!

詳しくはこちらから・・

鶴岡市「宝谷地区地域おこし協力隊」隊員の募集について(3月23日必着)

鶴岡市「宝谷地区地域おこし協力隊」の隊員を募集します!!

活動地域である宝谷地区は、櫛引地域の東南、庄内平野を一望できる標高約270mに位置する中山間地域で、農業体験学習施設「ふるさとむら宝谷」を拠点に、そば打ち体験やそばの提供、自然散策など自然の豊かさに親しむグリーンツーリズムに取組んできましたが、人口の流出に伴う後継者不足など、対応しなければならない喫緊の課題が顕在化しています。

そのため、地域とともに地域づくり活動に取り組む人材として、都市部の意欲ある若者を積極的に受け入れ、これまで宝谷のために頑張ってきた元気な高齢者世代と若者の視点や発想を結びつけることで、新たな地域活性化の起爆剤とするため、次のとおり、「地域おこし協力隊」を募集します。

 

募集期間:平成30年2月23日(金)〜3月23日(金)必着

※正式な採用決定は、新年度予算成立後に通知いたします。

詳しくはこちらをご覧ください!

 

 

No.25 まずは住んでいる人が、より暮らしやすく楽しい地域にすること

『前略つるおかに住みマス。』の移住者インタビューでは移住者が地域で関わっている人たちも紹介しています。地域の受け入れ側としてのお話しを、五十嵐正直さん(68歳)にお伺いしました。五十嵐さんは鶴岡市木野俣生まれ、現在、木野俣自治会の会長を務めています。

(写真1. 五十嵐正直さん)

温海地域の国道345号線沿いに位置する木野俣集落は、現在50世帯150人が暮らしていますが、今年生まれた子供はゼロ、去年生まれた子は1人、30代以下の若者は7~8人しかいないという人口減少に悩む地域の一つです。

平成22年に「木野俣自治会いきいき隊」を組織して、その青年部で山形大学の先生の指導のもと、一緒に村を歩きながら「地域の宝探し」を行いました。年中行事や川の雑魚、蕗の砂糖煮など地域にある食べ物、地域に残る昔話など、1年間村の中を探し回り「地元学」の勉強会を行い、平成23年の春に「わらび採り」「笹巻づくり」、秋には「温海かぶ漬け込み体験」などや昔の食の再現事業を実施し、「木野俣一本ママ感謝祭」を行うなど、精力的に地域の活性化に取り組んできました。

(写真2.  木野俣獅子踊 昭和47年鶴岡市指定無形民俗文化財)

五十嵐さん:「地域の宝さがし」の一番の成果は、普段生活していて何とも思っていなかった物が、知らない人、特に若い人には宝物に見えるとわかったことです。冬の薪を積んだ玄関や薪割りの風景、それに夏の蛍がいっぱい飛ぶ風景や夜の星の美しさなど、我々にとって日常にあるものが宝物になる。そしてそれは、思ったより沢山あるということに気付いたんです。

五十嵐さん:人口減少はもうやむをえない。それを止めようと無理なことをするのではなく、今住んでいる人が、より暮らしやすく、楽しくなることにもっと目を向けたらどうかと改めてわかったんです。実際、村の過疎は止まらないし、住んでいる人は村の良さになかなか気づかない。だからそのことに気づくために何かをしていかなければいけないと思いました。そこで「村の宝探し」をやってみて、それを受けて次年度これからどういう村にしていくか、住みにくい点は何か、これからどういう地域にしていくのかという地域の将来について掘り下げてみる「集落ビジョン」の策定を市と一緒にやることにしました。

(写真3. 温海かぶ)

五十嵐さん:このままでは子供たちに「地域に残れ」と言えなかったんです。何回も皆で集まり話し合いをし、平成24~26年の3年間は年間50万円の鶴岡市過疎地域集落対策事業の補助金を受けて、視察へ行き、村の水路の整備をしました。最終年度は将来の投資になるようなことをやってみようということで、なめこの菌を原木へ注入したり、かぶを洗う専用の機械を買いました。ちょうどその3年後に、福栄地区(※)に地域おこし協力隊が入ってきたという訳です。(※福栄地区は、菅野代、温海川、木野俣、越沢、関川の5集落からなる)

(写真4. なめこの菌打ちの様子)

地域おこし協力隊が来るまでは、全然知らない人がヨソから入って来て何かするという感覚はなかったのでしょうか?

五十嵐さん:なかったです。制度を知って、地元の皆は「すぐ受けよう!」ということになりました。地域おこし協力隊には、先に作った「集落ビジョン策定」に沿ってやってもらおうと。これがあったから、来てもらってすぐ動いてもらえたという訳です。例えば地域おこし協力隊の石井くんは、グリーンツーリズムや、わらびなどの山菜やかぶの収穫体験、なめこ作りなど、「集落ビジョン策定」に沿った仕事があったので、すぐに取り掛かることができました。

(写真5.  赤こごみの天日干しの様子)

地域おこし協力隊の受け皿ができていたということでしょうか?

五十嵐さん:福祉関係でも、あの頃から介護が大変だとか、一人暮らしのお年寄りをどうするかとか、診療所が欲しいという声が地域にあり、協力隊が入ってきたその年から、そういう要望についても取り組んでもらえました。これは、地域の全員が集まって、話し合ったから課題が見えてきていて、そこに地域おこし協力隊が来たからやってもらうことが出来たんだと思います。

(写真6. 採ってきたわらびの出荷の準備)

地域おこし協力隊が来てからと来る前とでは、地域の人の意識は変わりましたか?

 五十嵐さん:がらりと変わりました。「こうやったらいいだろうな」という、希望がでてきました。今までは、「誰がやるんだ?」と言い、自分からやる人はなかなかいなかったんです。でも協力隊が来てからは、グリーンツーリズムをやったり、かぶの体験させたり、わらびを収穫して塩蔵して販売したり、診療所の先生に来てもらったり、個人ではなかなかできなかったことが現実的なものになりました。平成23年に作った「地域ビジョン」の具体化を協力隊が後押ししてくれたんです。

 五十嵐さん:秋なればジョロ(カメムシ)は沢山でるし、冬は雪は多いし、「よくこんなところに来てくれた」と皆言いますが、ここが良くて来てくれる人もいるんだということになれば、地域の自信にもなる訳です。

(写真7. 地域おこし協力隊の二人と五十嵐さん)

地域起こし協力隊の人に対してヨソ者って意識はありますか?協力隊との関係は、とてもいい感じのようですが。

五十嵐さん:今はもう地元の人以上に地元の人です(笑)。彼らの人柄もあるけれど、石井くんの場合は、春先にわらび採りに来てくれたことで、顔も人柄もわかり、地域に慣れていった。亀森くんの場合は、買い物ツアーに一緒に行ったり、診療所の手伝いをしてもらったり、福祉関係で歩いているうちに顔が広がりました。協力隊との関係はとてもいい関係でいると思います。ただ今年度で任期が終わりで、これからも残ってもらいたいと思っているんですが、どのように生活をしていくのかが非常に難しいところです。住まいだけ木野俣で、鶴岡の会社に通勤するなら面白くないし、ここで地域の人と関わりながら仕事、生業を作っていけるのが一番いいが、それには、集落のどこかの家の婿になれば一番いいのだが(笑)。

 

(写真8. 温海かぶの焼き畑の様子)

今この土地で暮らす人たちはどんな職業の人たちですか?

五十嵐さん:専業農家の人はほとんどいない。勤め人や職人です。以前であれば、ここに住む意味っていうのがあった。例えば、米をつくったり、杉を育てたり、山の手入れをしたり、山菜を育てたり、薪や炭を出荷したりすることで、ここに住んでいるという意味があったんです。しかし、今はここに住まなければならないものがない。つまり現金収入を求めてどこかに勤めるとか、鶴岡の会社に行くとか。職人で大工になった人は仕事であちこち行くけれど、そうすると、最初のうちはここから通ったりするけども、冬になると雪で通勤が大変になるから、職場の近くに住むことになり、転出してしまう。若い人たちが出て行って、じいさんばあさんだけになり、畑仕事や趣味の仕事をしています。それもどちらかが亡くなると、ここに一人でいる意味もなくなっていく訳です。

五十嵐さん:だから今、ここに住まなければならないということを、この中で見出そうとしているます。つまりここにいることが楽しいと、ここでの暮らしに生きがいを見つけることです。利便性を求めるのでは、こういう山の中は不適切で、それを求めない極少数の人が楽しむ方法はないのかと。UターンIターン含めて、自然が好きであくせくしないで、時間もゆっくり流れて、天気が悪ければ休むし、天気が良ければ働くとか、そういうようなことを求めるような人だといいんでないでしょうか。

 

 

(写真9. 木野俣地区の山あいの様子)

これから地域でどういったことに取り組みたいですか。またどんな課題がありますか。

五十嵐さん:一人暮らしの安否確認ができるように、隣近所や新聞配達の人に、なんか変わったようなことあったら教えてと声かけを願いしているのですが、一番いいのは集落センターに集まってもらって、いちいち確認しに行かなくても、「あの人来ないけど、大丈夫かな」と、そういう話題になって、ここで安否確認できれば一番いいと考えています。

(写真10. 集落センターで行う「しな織りの糸つむぎ」の仕事)

 

五十嵐さん:少し大げさに言うと、村の中に「婆ぁ会社」を作ろうとしています。しな織の糸つむぎ(しな積み)を月2~3回やってみたら、藁細工もやってくれと外部からお願いされんたんです。そこで他にも、お年寄りにできる軽作業でお金になるようなことないかと相談したら、弁当箱を組み立てる仕事があるので、やってみないかという話をいただきました。村にいるお年寄りが集落センターに来て、そういった作業をして一日千円でもいいから小遣いを稼ぐ。お金を稼げるとお年寄りは元気になるんです。

五十嵐さん:提唱しているのが、年金プラス千円で、軽作業をして楽しみながら生活するとこと。もっと極端に言えば都会に家があって、住んでいる人の2箇所拠点でもいいと思います。春から秋はこっちにいて、そういう人でもOKです。やっぱり狙い目はリタイアした人。若い人でなくてもいいかな。実際は若い人や、子供がいれば一番いいのだけど、「じゃ生活費どうやって稼ぐ?」って言われれば大変な訳ですから。

(写真11. あつみ温泉から集落センターに医師の往診)

五十嵐さん:この地域に医者はなく、現在あつみ温泉から月2回来てもらっていますが、その他に隣町の病院のバスが週に2度この地域まで来てくれています。でも、そこでは往診には来てくれないので、あつみ温泉にいる医者と連携しながら最終的に往診にもきてもらえるような体制を作りたいと思っています。急に具合悪くなって、救急車で市内の総合病院に行ったとして、そこを退院した後、どこへ行くかが問題です。本当は家に帰って、家で往診を頼みながら自宅で様子をみるのが一番ですが、それも大変になってくると、どこかの施設に行かなくてはいけない訳です。

(写真12. 五十嵐さん)

ここにはその地域おこし協力隊が来ましたが、そういうのがない地域にヨソから人を受け入れるために、アドバイスはありますか?

 五十嵐さん:まず、集落ビジョンを作った方がいいと思います。ビジョンの中には、実現できないこともあるかもしれないけれど、(ビジョンづくりのために)まず、地域で話し合いをすることが、いろいろなきっかけづくりになります。また地域に話し合いをまとめる人や方向付けをしてくれる人など、ある程度慣れている事務屋がいた方がいいと思います。

受け入れる側が課題を持って、入ってくる人と一緒にやっていこうという意識がないといけないと思います。

(平成28年9月28日 インタビュー)

(写真協力:木野俣地域おこし協力隊)

 

 

 

新・農業人フェア 東京会場2月10日(土)に出展します!

鶴岡に戻って農業をやりたいとお考えの方、就職・転職先として農業をお考えの方、いつかは独立して農業を始めたいという方、農業に興味があるが何から始めたらよいかわからない方など、農業に関心のある方は是非、お越しください!

日  時 : 平成30年2月10日(土曜日)

場 所 : 池袋サンシャインシティ

      ワールドインポートマートビル4階 展示ホールA-1〜3

      東京都豊島区東池袋3−1−1

      <アクセス>東池袋駅より徒歩3分、池袋駅より徒歩8分

      開催時間 : 10:30 〜 16:30 (16:00受付終了)

 

詳しくは、こちらをご覧ください。

 

詳しくはこちらから・・