No.16 「おかえり~」を言える喜びを感じる暮らし!

今回の移住者インタビューは、2011年6月に東京都から鶴岡市三瀬へUターンした石塚慶さん、直子さんご夫妻にお話しを伺いました。

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慶さんは、鶴岡市三瀬出身。高校卒業後は大阪にある大学へ進学、その後、自分の好きなことを仕事にしたいと東京にある玩具メーカーに就職しました。一方直子さんは、神奈川県横浜市出身。地元の大学を卒業し、「楽しいことに携わる仕事がしたい!」と旅行・ホテル業の他にエンターテイメントの会社にも興味がありましたが、最終的に慶さんと同じ会社に就職しました。
お二人は、2003年9月にご結婚。その頃は、よくある都会での共稼ぎの生活スタイルだったそう。子どもができてからもずっと仕事を続けた直子さん。毎朝、保育園に送るためにタイトスカートにヒールを履き、オムツを鞄に詰め込み、自転車の前と後ろに子どもを乗せて出勤していました。

慶 ライダーと一緒

( 写真提供 : 石塚慶さん)

鶴岡に帰るきっかけは?

慶さんは三瀬の300年以上続く旅館坂本屋の長男で、いつか鶴岡に帰ることは漠然と意識していたそうですが、それがいつなのか、具体的には考えていませんでした。しかし、子どもが成長するに伴い、自分が育った環境とあまりにも違う都会の小学生の暮らしがピンとこなかったので、子どもが小学校にあがるタイミングで帰ろうかなと思い始めました。上の子が小学2年になったとき、ちょうど慶さんの地元である鶴岡市三瀬の自治会の求人があることを知り、帰ることを決意しました。

直子さんは慶さんと付き合っている頃に旅館の長男と知ったときに、いつかそういうことになって旅館の仕事を手伝うことになってもそれは自分の考える楽しいことに携わる仕事なので頑張れると思ったそうです。

また直子さんは、1人目、2人目の子どもの育休中にそれぞれ三瀬に1ヵ月ほど滞在しました。慶さんのご両親や妹さんが子どもたちをかわいがってくれて、なおかつ美味しいお料理をだしてくれる生活が楽しくて有難かったのが一番良かったと感じましたが、滞在によって三瀬の町の雰囲気をより知ることができたと話します。

直子 面談中

( 写真提供 : 石塚直子さん )

直子さん:その時、夜空に見える星の数や海の透明度に驚きました。それまで、仕事で長期休暇をとらないと見られないような海が夫の実家のすぐそばにあったんです。とはいえ、帰ることを決めた頃はちょうど仕事がいい方向に行きそうなときだったので、自分としては「いまか~」と正直いうと思ってしまったんですけどね(笑)。ただ自分が子育てをしながら企業で勤め上げるキャリアの描き方がなかなかできなかったのも事実です。このまま仕事を続けるなら、時間と気持ちをもっと仕事にもっていかないといけないと思っていました。

勘相撲

 ( 写真提供 : 石塚直子さん )


移住して三瀬での暮らしはどんな感じですか?

直子さん:年に2回の帰省と、育児休暇中の短期ステイのおかげで違和感はありませんでした。でも生活は全然違いました。それまで、夫は朝早く出かけ、夜中に帰宅するような生活で、家族とはあまり顔を合わせることができませんでした。休みの日は疲れて子どもたちと遊ぶというより寝ていましたし(苦笑)。そんな生活だったので、以前より一緒にいる時間はありますよね。自治会の仕事をさせて頂いているので、子どもと関わる事もぐっと増えました。また保育園も小学校も中学校も自分の通っていた所へ子どもが通うわけですから勝手もわかるんでしょうね。

そして、おじいちゃん、おばあちゃん、坂本屋の従業員さん、地域の方、皆で子どものことを見てもらっています。皆さんから本当にいろいろ助けてもらっています。

ただ、長男は転校して直ぐに相撲大会でまわしをつけなきゃいけなくて、「それはない!」とか「見たいテレビのチャンネルがない!!」という頃はありました。長女は慣れるのが早かったですね。庄内弁も上手です。3番目は1歳4ヶ月になりました。たぶん向こうでそのまま仕事をしていたら、忙しすぎて3番目には会えなかったかもしれません(笑)。

2012年気比例大祭神輿2

( 写真提供 : 石塚慶さん )

直子さん:こちらに来て驚いたのは家に名前があるんですね。屋号や商号で呼ぶ人が多いんです。最初は自分や子どもたちが個人として捉えてもらえていないような感じがして違和感があったのですが、それはこのコミュニティでは保障みたいなもののようです。

また地域のイベントへの意気込みが熱い!地区対抗の運動会や春祭りの頃は大人も子どもも皆で本気で、準備から余念がありません。こちらも気合を入れて楽しんでいかないとと思っています。

私と地元の方との関わりは、坂本屋においでになるお客様としてというのと、子どもを通じての関わりが一番多いです。スポーツ少年団や小学校での朝の読み聞かせの会を通じて、地域のお母さんたちと様々な話をさせてもらっています。

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( 写真提供 : sanze.jp )

これからの暮らし方は?

直子さん:今、夫の仕事は三瀬自治会の団体職員ですが、旅館の仕事は誰がどう継ぐのかよく聞かれます。夫の舌はこえているようですが、実際に料理はしないんですよ。お父さんの料理は天才的で、すごく繊細です。そもそも食いしん坊で美味しいもの好きで、さらに今までここに暮らしてきて、浜のものを食べたり、山のものを食べたりしてできあがっているものだと思っています。300年以上も続いてきた家業を次の代へどうして継いでいくかは課題です。

私はこちらに来てから2年目に県の補助事業にエントリーさせてもらい、真空包装器を購入し、加工場を作り坂本屋の味をお膳形式で全国各地に発送するというのをスタートさせました。その料理をまず作れるようにならないといけないんですよね。ただ、お料理はレシピ通り作ればいいというものではないんですよね。

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直子さん:こちらに来て四季を感じながら暮らせることはとても贅沢なことだと思います。蛇口を捻ればおいしい水が飲めるのも嬉しいです。東京では、夜7時に学童に迎えに行き、帰宅して夕食と宿題のチェックと寝るだけですよね。今は、坂本屋の仕事をしながらも学校から帰宅した子どもに「おかえり~」と言ってあげれられることがとても嬉しいです。夫も近くで仕事をしているから顔が見えますし。私たちのいた会社はいろんな意味でジェットコースターのような会社でした。扱っているものが流行ものというのが理由でしょうか。夫は、月~金は夜中まで働き土日はヨーヨーを持ってイベントの付き添いで出張ですし、私も出産後は営業職から異動し人事部の仕事をさせてもらっていましたが、それでも出張や土日出勤はありました。そのどれもが楽しくてやりがいがあるのですが、子ども達の事を考えるとこれでいいのかな?と思う事はありました。

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( 写真提供 : sanze.jp )

慶さん:地域との関わりは都会で暮らしているのと全然違います。みんな良い意味でまわりを気にしながら生活していると思います。子どもに関しても町全体で子どもを見てもらっている感じです。小学1年生の子どもが一人で自転車に乗って遊びに出かけます。そんなことができるのは都会では考えられません。どこかで遊んでいても、「お宅の子、どこそこにいたぞ」と情報が入ってきますから(笑)。安心ですよね。このことは子どもだけでなく大人にもあてはまります。走っている車の車種で皆、誰かわかるくらい、住民同士が気にし合う。それは都会にはないいいところだと思います。
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移住を考える人へのアドバイスを!

慶さん:住みたい場所があるなら、住んでみる。そして地域の行事やお祭りに参加してみるのがいいと思います。三瀬自治会の行事にもいろいろな人に参加してもらっています。人口は減っているが、見守るという意味も含め小さい地域のいいところを伸ばすためには、多少人口が減っても、地域の活動に参加する人の割合が増えたらよい地域になると思います。

極論ですが、人口が1500人の町で50%が地域のことを考え活動する町と、人口が1000人で100%地域のことに参加してくれる町は後者のほうが良い街だと思います。つまり、移住する人も誰でもいいのではなく、地域に溶け込んで良い街にしていく気概のある人に来てもらいたいです。もちろん相性もあると思いますので。こちら側が面接するくらいの気持ちで移住者と向き合えると元からいる住民側も移住する側もお互い幸せだと思います。移住者にいろいろな特典を出すのもいいけれど、その特典を目当てに入ってくる人は、多分その地域には根付かないと思います。自分は今、三瀬をいい地域にしていきたいし移住もしてもらいたいと考えています。その入り口としていろいろなイベントを開催したり、三瀬を体験できる機会を設けたいと思います。人口が減っていく中にも地域で暮らす人が元気になったり、ハッピーになったりする方法が必ずあると思っています。

 

(平成28年5月24日 取材 )



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