No.17 自分たちの住む地域に感謝しながらより良くしていきたい

今回の移住者インタビューは、2014年8月にアメリカテキサス州より鶴岡市へ移住された伊藤麻衣子さんにお話しを伺いました。

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(写真提供 : 伊藤麻衣子さん )

衣子さんは、生まれも育ちも愛知県名古屋市。静岡の大学を卒業後、東京に本社のある大手電機メーカーに就職し、長野の工場勤務を経て東京本社に4年ほど勤めました。その後、自分のやったことが手に取るように分かり、世の中に貢献する仕事がしたい、と社会に新しい価値を創造する起業家型リーダーを育成し、社会のイノベーションに貢献するというミッションを掲げるNPO法人に転職しました。当時一流企業からNPO法人への転職は珍しいと皆に言われましたが、企業とNPOが連携して何かを生み出すことに取り組み始めた時でしたので、「自分がこの仕事をやらなくては!」と半分勘違いのような使命感を感じていた、と振り返ります。その頃から企業にいる人が朝から晩まで働いて、自分は何のために生きているのか?なぜ働くのか?を疑問に思いながら疲弊しているのを見て、誰もが志をもって自分のやりたいことをやって世の中に貢献できるような社会になればいいと思っていました。

 

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(写真提供 : 伊藤麻衣子さん NPO法人に在籍していた頃の麻衣子さん)

30歳を目前にし、高校時代に同じ英語の塾に通っていたご主人と再会し結婚した麻衣子さん。出産後、麻衣子さんより一足早く渡米し、テキサス州の大学で研究していたご主人の元へと海を渡り、そこで6年間暮らしました。アメリカ滞在中、ビザの関係で仕事はできなかったものの、アメリカで盛んな子育てサークルの運営を手伝ったり、教育やコミュニティづくりに関するイベントに参加したりして楽しみました。週に一度、インターナショナルファミリーのためのプログラムが教会で行われており、アメリカ文化はもとより、様々な国の文化や教育を学んだりしました。もともとこのプログラムは、ご主人の都合でアメリカに「連れて来られた」奥さんたち向けに開かれており、車の運転ができない人はミニバンが巡回してピックアップしてくれ、託児もあったそう。「専業主婦の場合、1週間のたった3時間でも子どもを預かってもらって好きなことができたら、それでリフレッシュしてまた頑張れるんです。お母さんがハッピーじゃないと子どももハッピーじゃない、という考えで50年続いているプログラムでした。日本では、子育てが辛いなんて『個人の問題だ』と捉えられがちですが、コミュニティで支える仕組みがあればいいですよね。」そう麻衣子さんは言います。

「アメリカ生活も慣れてきた2014年の春、夫は、突然自分の研究で世の中に役にたつことがしたいと、鶴岡市にあるバイオベンチャーのSpiberへ入社すると言い出しました。『鶴岡って???』早速インターネットで調べたら、いきなり雪景色がでてきました。」


麻衣子さん : 移住に際して、まず子育てに必要な施設、小学校や小児科を調べました。一番心配だったのは公立しか学校の選択肢がない上、鶴岡市内の帰国子女の数を調べたら、たった2名しかいなかったことでした。帰国して1ヵ月は子どもの教育環境を考え、子どもたちと実家のある名古屋にいましたが、父親と離れて暮らす寂しそうな様子を見て、やはり鶴岡で家族一緒に暮らすことを決めました。8月末の暑い日に、車で初めて鶴岡に来ました。山形出身の友人に「軽く眩暈がするくらいの田舎だよ」とまで言われ、ある程度覚悟はして来ましたが、初めて来た鶴岡はとても美しく、そこには日本の原風景がありました。

麻衣子さん:鶴岡の「サイエンスパーク」は、約15年前に、山形県や鶴岡市が将来的にサイエンスの研究・開発の拠点を築くとして開発が始まり、慶応義塾大学先端生命科学研究所を中心に様々なベンチャー企業が設立されて発展してきましたが、これらのベンチャー企業には、今や日本全国、そして海外からも人材が集まって来ています。働いている本人は仕事に燃えていて、自分自身が成長できるからいいのですが、一緒に来る家族はこの地に馴染めず参ってしまう場合が少なくありません。家族の教育環境考えたときに鶴岡では暮らせないと言われたこともありました。正直に言うと、自分もあわよくばいつかは帰ってやると思っていましたから、その気持ちはよくわかります。家族の一人ひとりが幸せだと思える環境づくりが大切だという想いから、今の仕事をしています。

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(写真: 鶴岡市サイエンスパーク)

 

麻衣子さん:転校した初日に子どもが、「誰もアメリカってどんな所?とか私に聞いてこなかった。お友達できるかな。」と寂しそうに言っていたんです。鶴岡の方は奥ゆかしいと聞いていたので、遠慮して聞いてこないのかと思っていました。後になって、実は子どもたちは「明日アメリカから転校生がくるけどあまり騒がないように」と言われていたことがわかりました。子どもはアメリカから転校生が来たと聞いたら、好奇心を持つのが当然だと思うんです。子どもたちの興味を伸ばし、多様性を受け入れていく土壌も作っていきたいです。

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(写真提供:伊藤麻衣子さん 運動会)

移住の際にこれだけは、やっておいた方がいいことはありますか?


麻衣子さん :
 やはり、雪に対する心構えは必要だと思います。名古屋、東京、テキサスと今まで殆ど雪が積もらないところで生活してきたので、雪のある生活が想像できず、何を準備したらいいのかもわからない状態でした。事前に雪道では長靴を履くことを知ったのですが、雨の日以外に長靴を履くという感覚がわかりませんでした。雪道はスノーブーツじゃないの?と。それが来てみてようやくわかりました(笑)。

また車にも冬の準備が必要だということ、冬タイヤや冬用ワイパーなど、当然お金もかかります。また、スキーに行かなくても、学校への登下校のときにスキーウエアを着ることにも驚きました。暖房はエアコンだけではダメですね。石油ストーブが一番暖かいです。雪かき用の道具も必要です。

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(写真 : 冬の鶴岡市 )

困ったことはありましたか?

麻衣子さん  :町内会の制度はアメリカ暮らしで忘れていたのかもしれませんが、驚きました。玄関に鍵がかかってないと、いきなり人が入ってくるのにも驚きました。鶴岡で暮らすための心得的な冊子があればいいと思います。引っ越してきて住民票を移動に行ったときに、市民課で移住者向けの新生活パッケージみたいなものを渡してもらえるといいかもしれません。町内会活動や、班ごとに違うゴミ捨場など、日々の生活に関することについて教えてくれるといいですよね。学校の運動会がふつうはクラス対抗なのに、ここでは町内会ごとに分かれるのにもびっくりしました。そして運動会の練習は、親がほぼ全員参加して指導するなど地域にとって運動会は大切な行事となっています。ここに以前からずっと住んでいる人にはそれが当たり前なことでも、移住してくる者にはそれがわからない場合が多いです。「今さら聞けない鶴岡の常識!?」のような生活していく上でのちょっとした豆知識を教えていただけるとありがたいですね。

移住してみて感じたことは? 

麻衣子さん:鶴岡には、山も海も川もあれば、里も町もあり、さらに文化もあります。こんなところは他にはないですよね。子どもが育つ環境としては日本ではナンバーワンだと思います。正直ここに来るまでは、鶴岡に来ることが嫌でしたが、住めば都ですね。ジェットコースターと同じで、乗っちゃうとどんなに嫌だといっても辿り着くまで途中で降りれないじゃないですか。それなら、ここで一生懸命やろうと。文句を言っているより楽しんで暮らした方がいいですよね。沢山雪が降った時には、友人に「こういう場所に住んでるぞ~!」と写真をメールで送ったりしてアピールしたりしています(笑)。

 

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(写真: 移住者ネットワーク交流会にて )

 

移住を考えている人へのアドバイスはありますか?


麻衣子さん :
 「移住」というと以前の生活を全てリセットして完全に山形県人にならないといけないイメージですが、そんなことはないと思います。これまでのつながりを持ったまま、住む場所が変わる。もしくは、複数の拠点で生活をする。むしろ、その方が鶴岡にとってもいいことです。多様な人を受け入れ、多様な人が生活する場になれば、街は必ず活気付きます。

 

チャンスと情報さえクリアしていれば、都市と田舎の差はない。

麻衣子さん : 都市は何でもあってすばらしくて、田舎は何もないとは思わないんです。テキサスで住んでいた街は、大都市のヒューストンから車で2時間離れた田舎町でしたが、近年全米トップ10に入るくらい発展し続けています。その理由は、大学を中心に街づくりが行われてきたので、犯罪率も低く、教育環境が整っているからだと言われています。都市と田舎の差は機会と情報の量だと言われていますが、それさえクリアすればむしろ田舎の方が豊かな生活ができると思っています。自分がこれからここでお世話になるという意味でも、鶴岡に何か貢献できることがしたいと思いYAMAGATA DESIGN株式会社(※)に参画する機会を得ました。ここで暮らすということは、ここで自分たちも子どもも「育たてさせてもらう」ということだからこそ、感謝の念を持ち、当事者として地域の未来を考え、より良くしていきたいと思っています。

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(写真提供 : 伊藤麻衣子さん )

 

麻衣子さん:15年も経っているのにサイエンスパークが地元にまだまだ開かれていないと感じるのです。「一体あそこでは何をしているの?」と聞かれます。もっと地元の人や企業と会話をし、繋がっていくべきですし、地元の人もここに興味があればどんどんアクセスしてほしいと思います。サイエンスパーク内の企業がどんなことをやっているかもっと知ってもらったり、これからの世代の人たちの就職先としてサイエンスパークを考えてもらったりするためにも、ここの情報の編集と発信や街とのつなぎ役として、YAMAGATA DESIGNは価値を出していきたいですね。

サイエンスパークには、現在「産業・交流・子育て」という三つの構成要素からなるエリアが計画されています。バイオベンチャー企業支援施設、子どもの教育(保育園、学童保育、遊び場)施設、そして宿泊施設です。YAMAGATA DESIGNでは庄内地域の豊かな自然、文化だけでなく、サイエンスパークも地域資源の一部と考え、その最大化をすすめています。まずはもっと地元に浸透させ、そして日本全国に、さらに世界へと展開させていくビジョンを掲げています。まずは2018年のサイエンスパークの街開きを目指し、地域とどのように連携しながら開発していくかが課題だと思っています。

(平成28年6月2日取材)

 

 




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