No.11 『どこか違う地域へ出たい』から結婚・移住へ

今回は、2012年4月にご結婚を機に横浜市から鶴岡市に移住し、仕事に子育てに奮闘中の丸山絢子(まるやまあやこ)さんにお話しを伺いました。

 

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「鶴岡市街地は何でも揃っていて都会と何ら変わりがないから、もっと田舎の方で暮らしたいくらいです」と話すのは、横浜育ちの丸山絢子さん。東京の大学を卒業後、横浜市役所に入庁。横浜市役所と地方自治体との職員人事交流制度があり、自分の住む地域以外の場所へ行ってみようと思った絢子さんは迷わず手を挙げました。
大学時代から続く、祖母の介護を手伝うために週末は車で横浜から福島まで車で通っていたこともあり、行くなら関東以北の地域にと思っていた絢子さん。2008年4月から1年間三川町役場へ出向することになりました。
それまで庄内を訪れたことはなく、右も左もわからない状態だったといいます。事前に住宅物件を見に行く時間もなかったので、3月20日過ぎに、横浜市にある全国系列の不動産屋さんを通じて、鶴岡市の住宅物件を紹介されました。それまで実家暮らしだった絢子さんは、家財道具がついている物件がいいと、三川町役場の人と相談する前に自分で先に住む場所を決めたそうです。

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(写真提供:丸山絢子さん)

三川町役場に勤めた1年間は、いろいろな方々のおかげで、有意義な1年だったと絢子さんは振り返ります。「今年の秋に神奈川県藤沢市にある大型ショッピングモール〝湘南モールフィル″で第20回の開催を迎えた『やまがた出羽庄内発産直出前便』ですが、実はこの1回目の立ち上げに係わりました。当時、職場の上司に『初めて開催する物産展だけど、生産者本人が出向く物産展にしたいんだよね』という話を受け、三川町だけなく庄内地区一円でやろうということになり、その準備のために庄内のあちこちに連れていってもらいました。」絢子さんは、2009年に人事交流の任期を終え、三川町から横浜市に戻った後も、年に2~3回開催されるこの『産直出前便』のお手伝いをずっと続けていたそうです。
「その他、当時三川町では10年以上続いていた庄内たがわ農協さんでの1町1小学校、横浜市にある友好小学校の修学旅行の受け入れを行っていました。5~6月に修学旅行で田植え体験をしてもらい、11月にこちらから新米をその小学校へ持っていき、一緒にお餅つきをするというプロジェクトに係わったりしました。

(写真提供:丸山絢子さん)
(写真提供:丸山絢子さん)

また冬には、庄内のあちらこちらで寒鱈まつりをやっているのですが、何か三川町らしい催しということで、例年開催されていた『みかわあったか冬まつり』において、地元の様々な鍋が一堂に会して3種類セットで味わうことができるイベントも開催しました。役場の人たちには、折角こちらに来たのだから仕事も楽しく過ごしてもらおうというご配慮をいただき、たくさんの地元の住民の方々とも出会うことができました。」

初めて庄内に来て感じたことは?

「自分は飲みに誘われても断らないタイプなので、積極的に職場以外の場所にも参加しました。飛び出してみると面白い人にたくさん出会えるなぁと感じました。来たばかりの時は何もわからないから言えたのかもしれないけれど、例えば、『田植えしたことないからしたいな~。杭掛けしたことないからしたいな~。』というとすぐに経験させてもらえました」と笑いながら絢子さん。ご主人の浩孝さんとも「産直出前便」の関係で出会いました。遠距離恋愛の後、2012年にご結婚し、それを機に横浜市から鶴岡市へ移住しました。現在、絢子さんはご主人やご主人のご両親と一緒にお肉屋さんを営んでいます。豊かな自然と恵み多きこの地で育てた「山伏ポーク」や羊肉の「羽黒緬羊」は多くのお客さんから好評を得ています。

(写真提供:丸山絢子さん)
(写真提供:丸山絢子さん)
仕事を辞めて鶴岡に移り住むという決断は?

「仕事に関しては、やりきってはいないけれど、自分がやれることは最大限やったぞと思いました。ですから結婚してこちらに来ることに対して心残りはありませんでした。価値観をどこへ置くかが大切だと思います。キャリアを見ると仕事を辞めてまで来るのはもったいないと思う人もいると思いますが、私は市役所に勤めていることが目的ではなかったのでそれが大きいのかなぁと思っています。
振り返ってみて、周囲からは係長から課長、部長へとどんどん上にいけばいいよと言われるくらい仕事大好き人間だったので仕事も忙しく、今だから思うのですが、あのまま市役所に勤めていたら、一生子どもを産めないかもと思いました。」
最初はご主人との二人暮らしからスタートしたそうですが、おじいちゃんが倒れたこと、その後第一子を出産し育児が始まったことを機に同居、同居していない期間は10か月くらいしかなかったという絢子さん。出産の際も横浜の実家へは戻らずこちらで出産したとか。出産するその日までお店に出て仕事をしていたそうです。二人目も仕事のイベントに顔を出していたその日の夜中に生まれたとか。さすがに出産後は1ヵ月ゆっくり休みました。ご夫婦ともに、長男、長女という丸山ご夫妻。「嫁姑問題はありません。24時間一緒にいるのだからあったら大変です。もちろん愚痴をいうことありますよ。旦那さんが聞いてくれるので。ちなみに彼の愚痴はお母さんたちにしています(笑)。バランスがとれているのだと思います。遠慮する必要がない。」

(写真提供:丸山絢子さん)
(写真提供:丸山絢子さん)
雪は大丈夫でしたか?

「私がいた2008年の雪はたいしたことはなかったです。基本的に自分はなんとかなるじゃんという考えなので心配もしていませんでしたが、鶴岡市から三川町に通っていて、地吹雪は大変でしたね。一番大変な思いをしたのは結婚の報告をしに親戚の家をまわっていたときですね。農道で雪にはまってしまい、親戚にご挨拶に行く前に本家の人に助けてもらうはめになりました(苦笑)。」

移住に際して困ったことや準備しておいたほうがいいことはありますか?

「困ったことは特にありませんでした。わからないことは、『わからない』と言えばいいと思っていました。方言については、今でも電話口でわからないことがあります(笑)。二人目の出産の時、一人目は保育園に通っていなかったので、夫が配達の車に乗せて子どもを見てくれていました。自営業なので、会社勤務とは違い、ある程度育児の自由がきくのがよかったです。二人目からは保育園に通わせています。帰ってきてからはおばあちゃんが子どもたちの面倒を見てくれているので助かったいます。
ただし、こちらでの生活には、車がないと不便です。やはり車社会なので自動車免許は必須ですね。実は、高校の後輩が転勤族で数か月前まで鶴岡に一年間いて、ご主人は運転免許を持っていたのですが、本人は運転免許がなかったので車のない生活をしていました。都会の人は比較的歩くのが当たり前なので、いろいろ歩き回るのは苦ではないのですが、やはり冬期間はさすがに出歩けなかったようです。」
絢子さんは、子育て以外ではご主人が青年会議所にいた頃、奥さんたちによる嫁の会があり、同年代の人たちと飲み会などして交流する時間もあるそうです。

(写真提供:丸山絢子さん)

これからの暮らしについて

「実は、夫婦二人の意見は一致していて、今の家業もしなくてはいけないけれど、もっともっと田舎の方で暮らしたいと思っています。羽黒地区で羊の観光牧場的なことや、鶴岡市にはDogRun(ドッグラン)がないので、是非作ってみたいとも思います。
鶴岡市は、食文化を始め、観光などいろいろな面で頑張っていますが、動物と暮らす人たちの受け皿がまだまだ足りないなと感じます。」実は絢子さんのご実家のお母様は大の動物好き。「実家で、保護犬3匹、元のら猫2匹、保護猫1匹を飼っているそう。庄内には観光など人が集まる場所に犬も一緒に連れていける設備がほとんどないと思います。今は、まだ子どもが小さいので、子育て中心の生活を送っていますが、最近では少し時間もでき、先日も鶴岡の食文化を学ぶ講座に参加することができました。もっと落ち着いたら、この地域だからこそできるいろいろなことを手がけてみたいと思っています。」

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「自分にとって、三川での一年間で体験したこと、いろいろな人と出会ったことは、貴重な経験であったと思います。年齢や世代に関係なく、いろいろな人と知り合いになれ、『こっちにきて困ったことがあったらなんでも言ってね』という人がたくさんいたのはとても心強かったです。またFacebookを通して横浜市との知り合いとも繋がっていられるので、どこにいても距離感は変わらなくなってきていると思います。移住しようと思うのにはきっかけがあると思うのですが、自分は仕事で『どこか違う地域へ出たい』というのから始まりました。そして夫と出会い、結婚したいと思ったのが、移住のきっかけにもなりました。彼が魅力的だったので彼のいる鶴岡で一緒に暮らしたいと思ったのがきっかけということでインタビューをしめさせてください」と、そう笑顔で話す絢子さんのすぐ隣でご主人の浩孝さんが恥ずかしそうにしていたのが印象的でした。

(平成27年12月9日 取材・文 俵谷敦子)

 

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