No.34 上京してあらためて知る羽黒の魅力に惹かれUターン!

小さいときは気づかなかった地元の魅力。大人になってから気づく方も少なくないはず。羽黒町手向(とうげ)地区に住む阿部奈津美さんもその1人です。東京の放送業界で社会人生活を4年過ごし、2019年にUターンした阿部さんにお話しを伺いました。


阿部奈津美さん。1992年鶴岡市羽黒町生まれ。高校までを市内で過ごし、大学進学にあたり上京。大学では、映像関係やジャーナリズムを専攻。卒業後は、大手放送局での番組制作に4年間従事した後、地元鶴岡市羽黒町へUターン。2019年8月より、株式会社荘内日報社の記者として勤務。


 

-憧れのマスコミ業界を目指して東京へ

Q.学生時代のことを教えてください。
A.小学生の頃はテレビの教育番組を見たり、学校で壁新聞を作っていました。中学高校時代は弁論大会に出場したり、深夜ラジオを聞いたりとメディア漬けの学生時代を過ごしました。東京のマスコミ業界で働くことを夢見て、大学ではメディア分野を専攻し、プロ野球球団、地元放送局、大手新聞社などでのインターンを通して生の現場を経験しました。卒業論文では、「地域活性化」について取り組みました。地元のことを調べ考えていくうちに、地域の文化を知り、人口減少の課題に問題意識を持ったことで、改めて地元羽黒に魅かれている自分に気づきました。

(大学の卒論発表後に学部コースが同じ仲間で記念撮影)

-地元か東京か、葛藤の就職活動

Q.最初から山形県内での就職を考えていたのですか?
A.就職活動は、東京のマスコミ業界だけでなく山形県内のテレビ局も受けました。毎週のように新幹線で東京と山形県内を往復する生活を過ごし、最終的に東京の映像制作会社にご縁を頂きました。仕事内容は番組制作を陰ながら支えるアシスタントディレクター(AD)です。ドキュメンタリー、バラエティー、オリンピックなど、多くの刺激的な経験をさせていただき、充実した社会人生活をスタートしました。

(新卒時代、東京にいる地元同級生と会って気分転換)

-東京にいてからも、持ち続けた山形県との繋がり

Q.都会での生活を続ける中、地元への想いは薄れていきましたか?
A.ADとしての仕事は、番組で使う備品や食事の買い出し、小物作り、カンペ出し、動画編集、企画など、想像以上に忙しい毎日でした。トイレで寝落ちたり、2、3日の徹夜は当たり前で、仕事以外のことを考えたりプライベートな時間はなかなかありませんでした。そのような日々でしたが、山形県の情報を知っておこうと、何気なく「東京 山形 Uターン」というキーワードで検索したところ、ヤマガタ未来Lab.主催の「ヤマガタユアターンサミット」という、東京で行われている山形県の方との交流イベントがあることを知りました。参加してみると、様々な職の方々がおり、Uターンした方の経験談を聞きくことで自分の答えを模索し、山形県への転職という選択肢が頭の中をかすめるようになってきました。

(ヤマガタユアターンサミットでの集合写真)

-山形新幹線から見えた景色

Q.地元へ戻ってくるきっかけは何でしたか?
A.2018年10月に、祖母の葬儀で親戚一堂が地元に集まりました。親戚と話をしていて、地元羽黒に帰りたい思いが沸々としてきました。帰りの電車で田んぼに照らされた夕陽が目に入ってきて、こんな素晴らしい景色がある地元に戻ることを決意しました。しかしその一方で、東京のテレビ局では、責任のあるディレクター職をそろそろ視野に入れていこうというお話もあり、自分の中で葛藤があったのも事実です。そんなときに、ヤマガタユアターンサミットでお会いした2人の方に連絡をとりました。鶴岡市移住コーディネーターの俵谷敦子さん、もう一人は当時、転職支援の人材会社で働いていた佐藤大輔さんです。俵谷さんには精神的な部分を、佐藤さんにはハローワークの場所から、登録の仕方、企業へ出すエントリーシートなどの書き方まで技術的な部分を支援していただきました。こうして相談をすることで徐々に自分の気持ちが整理され、Uターンの準備を進めることができました。

Q.すぐに転職できましたか?
A.タイミングが良かったと思うのですが、1か月ほど就職活動を行い、すぐに地元のウエディング業界の内定を頂くことができました。友人の披露宴でサプライズ企画を考えたり、動画制作を行ったりする部分は、前職の経験も活かせ、この業界で働いてみようと思いましたが、マスコミ業界への気持ちを抑えられず、現在は地元新聞社で記者として働いています。今後は記者としての一つ一つの出来事に向き合いつつ、地域に根差した情報を発信していきたいと思っています。

(新聞記者として、庄内の現場を駆け回っています)

Q.仕事以外でも地域への関わりを持っていますか?
A.仕事とは別に「門前町手向地区地域活力創出ビジョンワークショップ」にも参加しています。地域外への流出による人口減少や、地域の方も年々高齢化してきており、祭りの存続危機も叫ばれています。手向を活性化できるきっかけを地域の方と一緒に作っていきたいと思っています。

-大切にしていきたい地元の文化とあたたかい地域の人たち

Q.改めて感じる地域の魅力を教えてください。
A.幼い頃は地域の方との距離感が近すぎて、人付き合いが面倒臭く感じてしまうこともありました。でも今では地元というと、幼い頃に関わってきた地域のおばあちゃんたちの顏を思い出します。出羽三山の折々の祭りは魅力的で、旧暦においての春は荘内郷土カルタ大会、夏は花まつり、秋は八朔祭り、冬は松例祭など、小学校の頃から地元の方と祭りで関わってきました。こうした祭りの中で、関わってきたおばあちゃんが元気に過ごしていることが嬉しくて、また会いたいと思い、地域に帰るきっかけにもなりました。東京に行ったばかりの頃は、忙しく過ごしておりそんなことを考えることもありませんでした。ふとしたときにお水やお米が東京のものとは全然違って美味しかったり、地元の友人の結婚話などを聞くと、地元も良いかもと思うようになりました。

(毎年年末に羽黒で行われている伝統的お祭り・松例祭)

(羽黒の五重塔)

(玄関をあけると地域の方のお裾分けで、この日はたけのこが置かれておりました)

-移住を考えている方たちへ

地元山形のことを教えてくれるような人が集う場所に行くことや、この人だったら話ができるという人と繋がりを持ち続けることが大事だと思います。実際、私も東京で生活しながら移住コーディネーターの俵谷さんや、転職支援を行う佐藤さんと連絡を取り合うことで、仕事や生活に支障なくスムーズな移住をすることができました。こうした方々から情報をもらいつつ、山形との繋がりを持てるイベントに継続的に顏を出していくことが大切だと思います。転職、結婚、子育て、介護、ライフステージの変化とともに、仕事や生活への価値観なども変化していきます。そんなときにすぐに連絡がとれるような信頼をおける人がそばにいるかいないかで、今後の選択肢は大きく違ってくると思うのです。地域に根差した文化・風習を守り、一緒に鶴岡を盛り上げていける仲間をお待ちしております。

(文:伊藤秀和)