No.40 Iターンするなら、まずは「人」を知ってほしい

大学の授業で初めて鶴岡を訪れた持田絢乃さんは、首都圏での就職を経験してから2016年に移住しました。そんな持田さんにお話しを伺いました。

持田絢乃さん。埼玉県出身。大学2年次に大学のゼミ(地域調査)で来鶴。卒業後は東京・神奈川の飲食店に勤務し、2016年にIターン。

(写真提供:持田さん 移住前、大学のゼミで訪れたとき)

―はじまりはゼミ

Q.鶴岡を知ったきっかけは何ですか。
A.持田さん:大学2年の時に、地域調査の授業で訪れたのが最初です。担当教官が鶴岡の藤島地域とのつながりを持っていたため、その時は、藤島地域のJA女性部の取り組みを調べに来ました。2泊3日の行程で、一緒に豆腐を作ったり、女性部が抱えている悩みを聞き取りしたりしました。初めての訪問で初対面の私たちに対して、皆さんが自分の娘のように接してくださったことがとても印象的でした。「これ食え~、あれ食え~」と、初めて耳にするちょっと強めの庄内弁に戸惑いつつも、庄内の美味しいものを沢山ご馳走してくださったりと、その温かいおもてなしが心に染みました。

授業自体はその1年で終わったのですが、そこでできた縁で、その後も藤島を訪れては地域のイベントのボランティアに参加していました。

(写真提供:持田さん 大学の社会調査の仲間と)

 

―来るたびに増えていった「会いたい人」たち。

Q.プライベートでも庄内に訪れていたということですが、どういったところに魅かれたのですか。
A.持田さん:大学時代から通っていたこともあり、いろいろな人と知りあえたということが大きいです。皆さんいつも温かく迎えてくださって、帰るときには「また来いの~」と声をかけてくださるんですが、この一言がとてもうれしかったです。

また農家民宿に泊まるのも楽しみの一つでした。旬の食材をふんだんに使った美味しいごはんをいただきながら、女将さんからの庄内のお話を伺ったり、一緒に農業体験させていただいたのも印象に残っています。いろんな所に足を運ぶうちに、庄内に「会いたい人」が増えていきました。そして、庄内に行くたびに出会う人が増え、さらに足を運ぶという流れが出来上がりました。

(写真提供:持田さん 「菜ぁ」の小野寺美佐子さんと)

Q.移住に際して大事にしていた想いや価値観はありますか。
A.持田さん:食への想いと、これからのワクワク感です。

―食品ロスで感じたモヤモヤ

持田さん:飲食業に就きたく、大学を卒業した際、学生時代にアルバイトをしていた東京の飲食店にそのまま就職しました。仕事はやりがいがあったものの、出来上がった料理をただ温めて提供するだけであったり、食品ロスの多さを目の当たりにし、自分自身が描く料理への理想を現実に悩むようになりました。それぞれの食材をどんな方がどのような思いで作っているのか、それができれば食材をもっと大切にできるのではないかと思うようになりました。

(写真提供:持田さん 東京でのファーマーズマーケットで松本典子さんと)

―生産者と消費者を食でつなぐ

持田さん:結局、その仕事は辞め、両親の住んでいた鎌倉へ行くことにしました。丁度、農業や食に関わる知識を深めたいと思っていたので、鎌倉市農協連即売所(通称、レンバイ)という市場の隣にある定食屋で働き始めます。その食堂では、毎朝新鮮な野菜を仕入れにレンバイへ足を運んでいたので、生産者の人たちと積極的に関わりをもてるようになりました。そのおかげで、お客様に農家さんの想いや背景を伝えられるようになり、更にそのお客様が野菜を買いにレンバイへ足を運ぶという、直接的ではない生産者と消費者を繋げられることが嬉しかったです。

 

(写真提供:持田さん)

―これからのまちをつくっていく

持田さん:鎌倉ではまちづくりにも積極的に参加していました。歩いていると自然に挨拶が飛び交うようなアットホームで暮らしやすいとても素敵な待ちでした。ただ同時に、コミュニティが既に成熟している「完成されたまち」であるとも感じました。こうした中、庄内には「この街をもっと良くしていきたい」という想いを持つ人が沢山居る「これからのまち」であることを感じました。加えて、庄内には農家さんも沢山居るので、より身近に食と関われると思って決めました。

(写真提供:持田さん まちづくり藤島のメンバーと)

―住まいもない、車もない。初めての雪国暮らし

Q.移住を決心してからのことを教えてください。
A.持田さん:東京で開催される、山形県や庄内のイベントに足を運びました。そこで知り合いの輪が広がって言った部分もあると思います。また、一番の不安事である「住まいと仕事」については、「ふるさと回帰センター」(東京有楽町)や、「ワークサポートルーム」(鶴岡市役所内)に行き、情報を集めました。

最終的には大学の時にお世話になったJA女性部の方のご縁で、冬だけ営業している飲食店で働く事が決まりました。でも住む場所も車もない初めての雪国暮らしだったので、二か月ほどそのお店に住み込みで働かせていただきました。一人では何もできなくて、どこへ行くにも車で送迎していただき、お世話になりっぱなしの二か月でした。

春になり、そのお店の休業とともに、今度は農家レストラン「菜ぁ」で働き始めました。農家レストランで働いてみたかったし、農業も体験してみたかった。

(写真提供:持田さん 田植えの手伝い)

そこで、お店の近くにある古民家を借りて暮らし始めたのですが、隣のじじちゃんとばばちゃんにすごく優しくしてもらいました。朝起きると玄関に野菜が置いてあったり、帰宅したら草刈りがしてあったりと。赤川の花火大会の時も集落の集まりに呼んでもらい、いつも気にかけていただけたことがとてもありがたかったです。皆で飲みながら花火を見てとても嬉しかったです。

―同じ想いを持つ人たちと一緒に働きたい

Q.今の職場に就職した理由を教えてください。
A.持田さん:農家レストランでの仕事はとても充実していました。朝自分たちで収穫した新鮮な野菜を使って料理ができること、そしてその料理を喜んでくださるお客様がいることが何よりのやりがいと喜びでした。

その後、「庄内の魅力や情報を発信していきたい、もっと人を集めたい」と思うようになりました。その時にちょうどヤマガタデザインという会社が、スイデンテラスというホテルをつくるという情報を知り、その会社が掲げる「当事者意識をもって地域の未来をつくる」というミッションに強く共感しました。さらに携わる人たちも興味深い人たちで、庄内に誇りをもち、皆が自分たちの力で街を変えていこうという熱い想いを持っているところも、とても魅力的でした。時期としては、ちょうどスイデンテラスのオープン準備の時期と重なり、自分も一からホテルをつくりあげることに参加したい、今しかないという思いで新たな一歩を踏み出しました。

(写真提供:持田さん IRODORIでの勤務の様子)

さらに、携わる人たちが興味深い人たちで、庄内好きの面白い人たちと一緒に仕事をしてみたいという気持ちも大きくなりました。ちょうどスイデンテラスのオープン準備の時期と重なり、自分も一からホテルを作り上げることに参加したい、今しかないという思いで新たな一歩を踏み出しました。

―「当たり前」が「魅力的」

Q.移住したからこそ見えてきたものはありますか?
A.持田さん:ホテルにお越し下さるお客様は県外の方が多いので、庄内の良さをしっかり伝え、庄内のファンを作っていくことが(庄内のファンになってもらうことが)自分たちの仕事だと思っています。そのために、もっともっと庄内を知りたいと思っています。

(写真提供:持田さん ローカルブブックツーリズム)

移住してから感じることは、地元の人ほど庄内の魅力に気づきにくいのかなと思います。「庄内には何もないよ」と言われることもあって、すごく残念だと思うのです。豊かな食や自然、人の温かさ、私にとっては全てが新鮮で魅力がありますが、地元の人にとっては当たり前のことなのです。当たり前の中にその良さを発見できるきっかけを作れるよう、Iターンの人がヨソ者目線で魅力を伝えていければ良いなと思います。

―Iターンするなら、まずは「人」を知ってほしい

Qこれからのやってみたいことを教えて下さい。
A.持田さん:今お客様に、食を通して庄内を感じていただけるよう、さらに食の知識を深めていきたいと思います。庄内では旬のイベントが沢山あるので、積極的に足を運んで今の仕事に活かしていきたいです。また、私はいろいろな「人」を繋いでいただいたので、いつかは自分が繋げる側になれるよう、これからもたくさんの出会いを大切にしていきたいです。

(2019年10月24日インタビュー 文:草島侑子)