No.18 自分らしい田舎暮らしを求めて

今回の移住者インタビューは、2003年に東京から鶴岡市大鳥へUターンし、民宿を営まれている篠育(しのいく)さんにお話しを伺いました。

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◎大鳥に帰ろうと思いはじめたきっかけは?

大鳥生まれの育さんは高校卒業と同時に18歳で上京、短大卒業後編集プロダクション等に勤め、その後フリーのライターとして活動していました。

地元に帰ろうと初めて思ったのは、38歳の時。「そろそろ都会での暮らしをやめて定年したら田舎へ行こうよ」という田舎暮らしブームの走りの頃でした。育さんのお仕事は農業関係の取材が多く、その大半が地方だったこともあり、取材に行く度、田舎で暮らしている人の方が楽しそうに見えたそうです。「もしかしたら、都会より田舎の方が楽しく暮らせるんじゃないかな」と育さん自身が影響を受けました。しかしはじめから大鳥に帰ろうという気持ちはなかったという育さん。「むしろ大鳥は候補にはあがっていませんでした。そんなに雪の降る大鳥ではなく、もっと暮らしやすい都会に近い田舎での暮らしを考えていました。」

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育さんの心を動かしたのは、実家の近くにあった古い一軒家が、誰かの手に渡るかもしれないと知った時。大鳥地区で一番古い茅葺のその家は、使われていた古材も立派なものでした。そして何より育さんが昔からよく遊びに行った家でした。その家が知らない人の手に渡り解体されるのが嫌だったので、それだったら自分がその古材を譲ってもらい、それを使って何か始めたいという思いが育さんの中に強く湧いてきたといいます。

◎帰るために準備したことはありますか?

早速帰省した際に、両親にその思いを告げると、「そんなことより前にまず、嫁に行け」と言われてしまいました。そのとき、育さんは39歳。それまでは結婚しようと思わなかっただけで、結婚しなきゃいけなくなったらいつでもできると思っていたそう。そこで育さんは、大胆にも田舎暮らしの本の読者のひろばのコーナーに「朝日連峰の麓で民宿をすることになったので一緒にやってくれる人を募集します」と掲載し、一緒に民宿をしてくれる人を探すことにしました。

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その記事を見て、育さんにメールを送った一人が夫の清久(きよひさ)さんでした。清久さんは生まれも育ちも東京。大学を卒業後、不動産業に勤めていましたが、取扱い物件が都会のマンションではなく、田舎暮らし物件だったので、地方の人との繋がりもあり、田舎暮らし志向の人が相手でした。

そんな清久さんに育さんは聞きました。「いつごろから田舎暮らしをしたいと思った?」「中学のときから。都会は自分には複雑すぎる。」という言葉にこの人なら一緒に暮らせると思った育さん。育さんは清久さんのことを「人間は得意じゃないけど植物がとても好きな人」と言います。清久さんは、自分で耕して作ったものや山から採ってきたものを食べて暮らすというシンプルな生活を理想としていました。清久さんのこの考えは育った環境にもあるようです。清久さんの実家では、多摩川の畔で春に野蒜(のびる)をとってきたり、秋にはクルミをとったり、また葛の根っこを干して風邪のときに葛湯を飲むという都会では珍しい自然と向き合うライフスタイルの家庭だったそうで、こういったことも影響しているようです。また清久さんは、山歩きも好きだったので、朝日連峰にも訪れたことがあり、育さんの実家のある大鳥地区にも足を運んでいたので大鳥を知っていました。

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◎実際にUターンして感じたこと思ったことは?

民宿を始めた篠さんご夫妻も今年で10年になりました。最初の半年間はお客さんもなく、清久さんは近くの発電所の鉄塔下の草刈りなどの仕事を受けていました。地域に働き手がいないため、手伝ってくれと言われる仕事も少なくなかったといいます。

育さんは、自分も清久さんも、そもそも客商売に向いていないと思ったそうですが、春から秋の間に1年分稼ごうと、宿泊の他にお昼のランチの提供もやってみることにしました。その結果、お客さんは来てくれるものの、朝昼夜の食事の支度が忙しすぎて全然面白くなかったと育さんは振り返ります。山菜も買う方が楽になってしまいました。そのとき、ふと自分は何をしているんだろうと育さんは思いました。自分の思い描いていた田舎暮らしではなく、稼ぐために一生懸命になっていたのです。

 

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◎やっと出会えた自分の本当にやりたかったこと

そんなある日、夫の清久さんが言いました。「君は、ここに来てこれがやりたかったの?」その言葉が突き刺ささりました。「確かに生活するためにお金を稼がなくてはいけなかったけど、これでいいのか?」と育さんは自問自答しました。

そんな清久さんに「じゃあ、何もしなくていいの?」と聞いたら、「まず、ランチをやめてみたら?」と言われました。「二人でお互いもう好きなことしよう。」ということになりました。育さんが46歳の頃でした。「私の好きなことってなんだろう。」育さんは考えていろいろなことにチャレンジしました。ヨガを学びインストラクターにもなりました。料理教室も行きました。いろいろな習い事のために東京にも通いました。

そんなあるとき、清久さんが庭にずっとハーブを植えていたこともあり、育さんは1冊のハーブ辞典を手にしました。見栄えはしないが、いろいろな効能があるハーブのの魅力にすっかりはまってしまったという育さん。その後、横浜のハーブのセミナーに通い、勉強を始めました。そんな育さんに対し、清久さんは、ダメといわず、いつもだまって見守ってくれていたといいます。

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育さん:日本の紫という絶滅種のハーブがありますが、それがなんと自宅の庭にあったのです。その他にもいろいろな珍しいハーブを彼は大切に育てていました。「あのハーブどうだとか、あのハーブ必要だから植えてとか」そう言っていた清久さんのことが、やっとわかった気がしたんですよ。「人間と話すのは苦手だけど、植物とは話せる。あなたはありがとうっていってくれないけど、植物は世話をしてくれてありがとうっていってくれるんだよ。」と彼は言うんですよ。

育さん:「この庭10年間かけてこれ?」と自分は思うけれど、彼は人に見せる庭はつくらないんですよ。植物を生かすための庭なので、そこに人間がみてどうのこうのということはないのです。

ハーブの勉強はとても楽しい1年半でした。その後、メディカルハーブの教室を始め、ちょうど一年が経ち、資格がないと説得力がなく、怪しい民間療法と思われるのが嫌だったので、その後も仙台のスクールに通い資格をとりました。今、またさらに上のセラピストを目指しています。

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◎これから先の暮らしを、どうしていきたいですか?

育さん:これまで10年間民宿をやってきましたが、今までのやり方から新しい方向へシフトしていこうと思っています。それは、民宿のおばさんが植物療法を教えているのではなく、植物療法をしているおばさんが民宿をしているというスタンスです。つまり民宿へ来るお客さんにも植物療法に関心ある人や、植物が好きな人に来てもらいたいと思っています。今までは、山奥にある民宿なので、山菜料理を期待してくる人や田舎の空気を吸いにくる人が多かったわけです。しかしそれは、世間一般の人が思うイメージに近づけなければと、自分でも知らない間にどこかで無理をしていたように思います。

 

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◎田舎暮らしの理想と現実

育さん:最近インタビューや取材をお断りしていますが、以前は取材を受けていると、取材する側のイメージ像に近づけていこうとする自分がいることに気が付きました。自分に嘘をついているわけではないのですが、世間が求める理想像にあてはめていこうとする自分がいて、嫌になることがありました。

育さん:自分に正直でいられないという苦しさが、移住して7~8年経つと、どこかに出てきます。自分でそこを見ないでいくか。あるいは、できあがったイメージを経済的な基盤をよしとしていくのか。「あれ、どこかずれちゃったな」と軌道修正するかだと思います。作られてしまうイメージに対して自分はどう行動するのか。経済的なものが成り立ってくるとそれを手放すのもつらいし、確立されたものを手放すのもつらいし、「なんのための田舎暮らしだろう?」ということになります。経済的基盤を求めるなら、東京での暮らしの方が楽だし、それならば移住する必要がないですよね。自分のやりたいことをやっていける人はそうそういないので、どこで折り合いをつけるのか、どこでバランスをとるのかということがカギとなります。

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育さん:経済と田舎暮らしとどう折り合うのかというのが大きなテーマとなります。それなりに生活していけるけれど、果たしてこれでいいのか。本来はどうだったのか何のためにここにきたのか、立ち止まらないとわからない。自然の中で暮らせるということ自体をよしとするのか、「何のための鶴岡?」田舎暮らしを望んで移住してきた人なら必ずぶつかる問題だと思います。また移住者を受け入れた行政は、受け入れ後、移住者の暮らしをどうフォローしていくのかも大切だと思います。

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◎移住しようとする人、田舎暮らしを考えている人へのアドバイス

育さん:自分がそこで何をしたいのかをよく考えて来た方がいいと思います。移り住んでからも、よく考えていかないと、何のために来たのか流されちゃうと思うし、3年後とか節目節目でこれでいいかと見直した方がいいんじゃないかなぁ。

先のことは、柔軟に考えていいと思います。自分も、年老いていよいよダメかなと思ったら、ここにはいられないと思うし、どちらかがいなくなったら、ここでの暮らしに踏ん切りをつけてまた移動するかもしれない。ここにずっといなければならないと考えない方がいいと思います。

それから、人間関係が濃い田舎は、つながりの濃密さを求められるので都会に比べ、本当に面倒くさいかもしれません。それを理解し受け入れることも必要だと思います。

(平成28年6月7日 インタビュー)




No.18 自分らしい田舎暮らしを求めて」への1件のフィードバック

  1. 宿泊した秋の日を思い出しながら拝読しました。きのこを味わいに、そしてUターン希望の自分に何かヒントにと勧めてくれる方がいました。肩に力を抜いて自然体でいらっしゃるところに一番リラックスをもらいました。それにしても素敵な古民家の利用と暮らし方ですね。

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